ルルメリーナは、アデルバの横に設けられた机で書類の相手をしていた。
 それはノルードにとって、中々に不安なことである。何か滅多なことでもするのではないか、彼の頭の中はそんな考えでいっぱいだった。
 とはいえ、一使用人であるノルードは、ここで関与することは許されていない。彼に許されているのは、お茶の用意などといった事柄で、書類に目を通したりすることはできないのだ。

「ルルメリーナ、こっちの書類も頼めるか?」
「えっとぉ、これは何の書類ですかぁ?」
「領地の衛兵達が使う武器の配備に関する書類だ。そうだな……それぞれ、百ずつ発注すると書いておいてくれ」
「あ、はい。わかりましたぁ」

 ノルードが内容を知れるのは、時々聞こえてくるそんな会話からだけだった。
 アデルバはルルメリーナに的確に指示を出しているように思える。彼には一応、領主としての才覚は備わっているようだ。
 そう思いながら、ノルードは指示を出されたルルメリーナを見ていた。彼女は、てきぱきと書類に何かを書いている。

「ルルメリーナ、君は中々に優秀だな。お陰で作業がスムーズに進んでいるよ」
「えー、そうですか? そう言っていただけるのは嬉しいですねぇ」
「はは、僕達は良い夫婦であるということだろう」

 ルルメリーナは、ノルードに褒められて機嫌を良くしていた。
 姉を侮辱した彼のことを嫌っているはずではあるのだが、こと褒められている時は、それが頭から抜けているようだ。
 その能天気さを、ノルードはルルメリーナの長所だと思っている。ただ、それが貴族としてはまったく持って長所になり得ないことも、彼はよくわかっていた。

「あ、ノルード、お茶のお替りいれてもらえるぅ?」
「はい、ルルメリーナ様。失礼致します」
「ありがとう」
「……アデルバ様もいかがですか?」
「ああ、それなら僕ももらおうか」

 お茶を入れながら、ノルードはそっとルルメリーナの手元にある書類に視線をやった。
 それは恐らく、アデルバにも気付かれてはいないだろう。ただその直後の動揺は、少なからず伝わっているかもしれない。

 書類を見て、ノルードは気付いてしまったのだ。
 先程の武器の発注の書類の丸が、一つ多いということに。

 それはもちろん、大惨事である。だが、ノルードは指摘するのをやめておいた。
 彼はこの段階で、やっと理解したのだ。ラスタリア伯爵夫人メルフェリナの狙いを。

 それは確かに、ルルメリーナくらいにしかできないことではあった。
 しかしそれでも、ノルードは心配だった。本当に上手くいくか、そう思ってノルードは、こちらに来てから数えきれない程ついたため息を、またつくのだった。