「ウェディバー伯爵家を手に入れる、か……なるほど、それは確かに大そうな野望ではある」

 イルヴァド様の野望を聞いて、お兄様は笑っていた。
 恐らくイルヴァド様は、お兄様の好きなタイプであるだろう。その笑顔を見て、私はそう思っていた。
 しかしながら、笑顔はすぐに鳴りを潜めた。お兄様の顔は、少し怒ったように強張っている。

「しかしながら、それは俺達には関係のないことだな。それは、ウェディバー伯爵家の問題だ。増してや、俺達の妹はアデルバ伯爵令息と婚約している。あなたに味方することには、何のメリットもないというのが現状だ」
「……そうでしょうね」

 お兄様は、イルヴァド様を突き放していた。
 状況的に、それは正しいことだろう。イルヴァド様がウェディバー伯爵家を手に入れたら、ラスタリア伯爵家は損をする。裏に隠された事情を抜きにしたら、そういうことになるのだから。

「ですがラスタリア伯爵家も、ただルルメリーナ嬢を差し出したという訳ではないのでしょう?」
「ほう?」
「リフェリナ嬢を侮辱された上で、こちらの要求に従うなんておかしな話です。何か考えがあってのことでしょう。何かしらの仕返しをしようとしているのかもしれない。貴族なんてものは、舐められたら終わりですからね」
「ふっ……」

 イルヴァド様の言葉に、お兄様は笑みを浮かべていた。
 建前の言葉は必要ないと思ったのか、その表情はかなり和らいでいる。

「あなたの言葉にそうだと頷いたら、我々の計画は破綻してしまうことになる。ウェディバー伯爵家に、こちらの思惑を知られたら元もこうもない」
「そうですね。ですから敢えて答えを求める気は――」
「だがあなたの言う通りだ」
「――え?」
「俺達ラスタリア伯爵家は、リフェリナを侮辱したウェディバー伯爵家のことを許していない。ルルメリーナとの婚約に同意したことには裏がある」

 先程まで余裕そうだったイルヴァド様は、固まっていた。
 それだけお兄様の言葉が、予想外だったということなのだろう。
 しかし彼も、すぐに冷静さを取り戻す。余裕はないが、それでもしっかりとお兄様のことを見つめている。

「何故、僕にそのようなことを明かすのか、理解できません」
「先程の言葉には、少し誤りがあったといえるだろう。俺達が許していないのは、アデルバとカルメアの二人だ。ウェディバー伯爵家というのは、正しくない。つまり、あなたとは手を結べるということになる」
「……なるほど、全てお見通しという訳ですか」

 イルヴァド様は、ため息をついた後ゆっくりと両の手を上げた。
 それはまるで、負けを認めているかのようだった。
 いや、実際に彼は負けたといえるのかもしれない。少なくともこの場で議論の主導権をお兄様が握っているということは、確かなことなのだから。