うちの高校の生徒会長になったのが、高原涼介(たかはらりょうすけ)だ。

 すっと通った目鼻立ち。優しげな瞳。モデルのように長い足。

 成績は常にトップで、運動も芸術も何でもできる。

 そんな彼が生徒会長になったのは、ごく自然の流れだった。



 そして私、白石(しらいし)まゆ。

 生徒会に所属はしているけれど役職はなし、ただの使いっ走り。

 今日も単純なアンケートの結果の入力作業をしていた。



「白石さん」



 ポンと肩を叩かれてパソコンから目を離すと、彼がいた。



「高原会長。どうしましたか?」

「そろそろ下校時間だよ」

「えっ……もう?」



 夏休みも生徒会の仕事は山積みだったけど、防犯の関係で夕方四時までには帰るようにという決まりがあった。

 生徒会のメンバーたるもの、それを破るわけにはいかない。

 生徒会長は言った。



「他のみんなも、そろそろ片付けをしましょう」



 はぁい、とみんなが返事をして、私も書類をまとめた。

 その間に、生徒会の女の子たちが、会長、会長、と群がりだした。



「一緒に帰りましょう!」

「会長ともっとお話したいです!」

「いや、おれ、ちょっと今日は……寄るところがあるから。先に出るね。鍵、よろしく」



 目論見の外れた女の子たちは、わかりやすく落胆していた。



「あーあ、またダメだったぁ」 

「高原会長って隙がないよね」



 今年の生徒会の比率は圧倒的に女子が多い。特に一年生。生徒会長目当て、というのを隠さない子までいるくらいだ。

 二年生の私は……まあ、成り行きで入った。

 書記の男子が鍵を閉めてくれるというので、私はお礼を言って一人で帰宅した。



 制服から私服に着替えて、多分、そろそろかなぁと思っていた頃。

 チャイムが鳴った。



「まゆちゃん……」

「はぁい。今開けるね」



 扉の前に立っていたのは、高原涼介、生徒会長。それは学校での仮面。

 私のうちにいる時は、彼氏の涼介。



「まゆちゃん、アイス買ってきた。食べよう?」

「ありがとう!」



 涼介が買ってきてくれたのは、二本繋がっていて、パキッと分けることができるアイスだった。

 ソファに並んで座り、しばしおやつタイム。



「んー、美味しいねぇ涼介」

「うん!」



 学校ではあんなに大人っぽい顔付きをしているのに、うちでは子犬みたい。

 まあ、こちらの方が私のよく知る涼介ではあるんだけど。

 涼介が告白してきたのは、中学の卒業式の時。

 私たちは幼馴染で、一緒にいるのが当たり前、空気みたいな存在だったから、それには驚いたけど……。

 真剣な顔で「ぼくを彼氏にして」とすがってくる涼介が可愛くて。

 付き合うことになったのだ。



「まゆちゃん、今日も疲れたよぉ……ナデナデして……」

「はいはい」



 涼介のサラサラの黒髪を撫でていく。こんなところ、高校のみんなに見られたらびっくりされるだろうな。

 私は涼介と付き合うにあたって、はやされるのが嫌だから、仲は内緒にしようという条件を出した。 

 そして、涼介が生徒会に入りたいと言うから私もくっついていって。仕事を始めたわけだけど、涼介は一気に目立ってしまって。

 前の生徒会長の後押しもあって、今の役職に就いているわけだけど……彼女目線からすると、無理してるなぁ、というのが正直なところだ。



「涼介は偉いねぇ。いつもみんなのことよく見てて」

「だって会長になっちゃったんだもん……本当は嫌だったのに……」



 一度決まってしまったキャラを崩すことを涼介はおそれているのだろう。

 本当は、気弱で、甘えたで、自分に自信がないと知られたら、周りがどう反応するだろうか。



「私の前では気楽にしていいんだよ」

「ありがとう、まゆちゃん。好き……」

「私も好き」



 目と目が合う。

 そらしたのは涼介の方。

 かあっと赤く頬を染めちゃって。

 何がしたいのか、ちゃんとわかってるよ。



「涼介、目ぇ閉じて」

「んっ……」



 ふわり、唇を重ねる。

 これ以上のことを、涼介は望んでいるのかもしれないけれど、今の私にはこのキスが精一杯だ。



「ねぇ、まゆちゃん……ずっとずっと一緒にいようね?」

「もちろん。私は何があっても涼介の味方だし、側にいるよ」

「ぼくさ、もっとまゆちゃんにふさわしい男になりたい」

「今でも十分頑張ってるよ」



 そう。涼介は本当に頑張っている。 

 高校のみんなは、涼介が何でも出来ることを当然だと思っているみたいだけど、そうじゃない。

 見えないところで、たくさん努力してる。

 でも……それは、彼女の私だけが知っていればいいかな。

 こうして、おうち限定で。彼氏を甘やかすのは、とても幸せだから。