彼女はしばらく沈黙して。

「いざ話そうと思うと難しいですね。最近読んだ物語の話でもしましょうか」

 もちろんフィクションの話ですよ――と、そう言って笑う。
 彼女が俺と他人行儀な口調で話していることに、なぜかさみしさを覚えた。
 彼女と自分が打ち解けたことなんて、なかったはずなのに。



 この物語には、才色兼備な王子様がいて。顔のよさは知られていても、有能さは知られていなくて、しかもとびきり人見知りなものだから、言ってしまえばあまり尊敬される存在ではなかったと思います。
 お金とか知識とか実力とか、たくさんのものを持っているのに、彼自身が本当にほしかった『愛』は、誰からも与えられなくて。
 恵まれたようでまったく恵まれていないひと。
 もっと恵まれているべきひと、です。……でした。



 彼女の言葉は心地よい子守唄のように耳に届く。



 その王子様を愛する人も実は居て。
 でも、はっきり言わないから、王子様は気づかないんです。
 ……いや、気づいていたのかもしれないな。

 ともかく、そんなとき、ひとりの魔女が王子様に魔法をかけて、王子様に他人(ひと)から愛される夢を見せます。
 けれど魔女は、他にもいろんな人に魔法をかけていたせいで、法に裁かれて。王子様にかかっていた魔法が解けて、王子様は王様になって、これまでよりもっとたくさんのものを手に入れます。
 けれど、本当にほしかったものは、王子様のそばにあるんでしょうか。

 …………というね。あなたはどう思いますか?

 あれ、寝ちゃってる。
 他にもいろいろ喋りたかったのになぁ。

 じゃあ、最後に。
 おやすみ。


 さようなら。




 まどろみの中で、手に柔らかい感触を感じたような、気がした。