「坂下、好きなアーティストおる?」

「えー……よく聴くのはリンゴマン、かな」

「おーシブ。音楽かけるわ、カラオケしよ」



カーナビで微かに再生されていたラップ調の曲を止めて、「リンゴマン…」と呟きながら再生してくれる。

古野はあまり詳しくなかったみたいだけど、唯一知っているらしい歌を一緒になって歌ってくれた。

だけど途中からわからなくなってデタラメの即興歌詞を口ずさみ始めたから、もう堪えきれなくて笑い崩れたら、

『だからツボ浅いって』

あの時と同じことを言って笑った。




一秒一秒が、いつしか夢で見た日のような。

今はずっとその夢の続きを見ているんじゃないかって、そんな感覚ですらいる。

遠くから見つめるだけで満足していたあの頃とは全然違う。

古野は今、私の為に、私の為だけに笑ってくれている。



高校を卒業してから10年間、大切に閉じ込めていたはずの古野への気持ちは、気付かないフリをしている間に大きく膨れ上がっていた。


たった1日で溢れ出てしまうほどに。


もう手遅れだった。

引き返せないところまで来ていた。

これ以上留めてはおけなかった。



だから、だから、だから。


古野のことを、私はずっと。


古野がやっぱり、好き、だったから。


だから─────。