〇音無の家の部屋の中・ベッドに座る二人
愛衣「あたし……音無くんのこと好きになってきてる……かも」
驚いたように目を丸くする音無。でもすぐに喜びが込み上げてくる。
音無(一宮さん、俺を意識してくれてるってことだよな) 
音無(ヤバい)
音無(真っ赤な顔して可愛すぎ。……キスしたい)
自分が積極的にキスしようとしていることに驚きながらも昂る気持ちを抑えられない音無。
音無「でも、もっと意識してもらいたい」
音無が顔を近付けていく。
大切にしたいという気持ちと滅茶苦茶にしたいっていう気持ち。音無の心の中に複雑な感情が絡まり合う。
緊張して身体を強張らせる愛衣に気付く音無。
音無(なに焦ってんだ)(一宮さんが関わると余裕なくなりすぎ)
音無(一宮さんの気持ちを一番に考えてあげないと)
音無「好きだよ」
音無は愛衣を見てキスするのをやめて、代わりにギュッと抱きしめて気持ちを伝える。
愛衣「うん!」
テンション高めにガシッと音無の背中に腕を回してトントンと叩いてくる愛衣。
音無「元カノのことで不安にさせてごめん」
愛衣「大丈夫!音無くんがこうやって一緒にいてくれるから」
音無(ああ、これが恋……か)(こんな気持ちになれるなんて信じられない……)
音無「……ふっ、可愛すぎるでしょ」
愛衣を抱き締めながら少し赤らんだ顔で照れたように言う音無。

〇音無の回想(中学)
音無(中学時代、愛とか恋とか俺にはそういうものがよく分からなかった)
音無(あの時の俺は、ただなんの感情も持たずに過ごすロボットのようだった)
保健室で会った元カノ「付き合ってください」
告白されてもその子が好きかどうか分からなかった音無。
音無「でも、俺……」
元カノ「あたしのこと好きじゃないんでしょ?分かってるよ。それでもいいの」
強引に話を進める女の子。
元カノ「音無くんってステップファミリーなんでしょ?あたしなら音無くんの気持ち分かってあげられるよ」
弱っていた音無は藁にもすがる思いだった。
音無「いいよ、付き合おう」
断る理由もなくて付き合うことにする音無。
中学時代の男友達「綾斗、お前すげぇな!あんな可愛い子と付き合えるなんて」
中学時代の男友達「羨ましすぎんだろ!」
周りからはやし立てられても特になんの感情も湧き上がってこない音無。
元カノ「今日一緒に帰ろう?」
元カノ「ねえ、どうして昨日連絡くれなかったの?」
元カノ「いつだったら会える?」
元カノ「あたしのこと好き?」
元カノ「どうしてあたしの気持ち分かってくれないの?」
元カノ「もう無理!綾斗、何考えてるか分かんない!」
結局、最後には振られて関係は終わった。
音無(あの子は俺の気持ちなんて分からない)
音無(あの子の寂しさを俺は埋めてあげられなかった)
音無(同時に自分の心も満たされなかった)
音無(俺には恋愛とか向いてない)
付き合っても彼女に特別な感情を抱けなかった音無。
安易に付き合って傷付けてしまったことを後悔していた。
その後何人かに告白されても、すべて断った。
音無(俺、一生誰のことも好きになれないまま終わるのかも)

〇音無の回想(高校)
音無(隣の席の一宮さんはとにかく明るい)
音無(誰に対しても分け隔てなく接する。もちろん、素っ気ない俺に対しても)
音無(見た目も性格も全部。俺と一宮さんは正反対だ)
熱が出たのか具合が悪く机に伏せる音無の肩を誰かが叩く。
顔を持ち上げると愛衣が心配そうに覗き込んだ。なぜか息を切らしている。
愛衣「今日の音無くん、いつもと違う。具合悪いんじゃない?」
音無「いや、大丈夫」
素っ気なく返す音無。
愛衣は音無にスポドリを差し出す。
音無「そういうのいいから」
愛衣を突き放す音無。
愛衣「辛いときは辛いって言っていいんだよ?」
音無「なにそれ。俺のことなんてほっておいて」
愛衣「やだっ!絶対にほっておかない!」
音無「なんで」
愛衣「音無くんが心配だからだよ」
淀みのないハッキリとした口調で告げる愛衣。
根負けした音無がスポドリを受け取る。
音無「……ありがとう」
スポドリが冷えている。
愛衣が一階までわざわざ走って買いに行ってくれたことを知る音無。
音無(なんで俺なんかの為に……)
愛衣「音無くんは何でもかんでも自分の中にため込みすぎ!たまには人に頼んなよ~?」
音無の胸に愛衣の言葉が優しく染み渡る。
それから度々言葉を交わすようになり、愛衣を意識する音無。
クラスの人気者で陽キャな愛衣。音無は自分との違いに悩み愛衣に気持ちを伝えられずにいた。

教室で愛衣とクラスの男子が音無の傍でしゃべる。
モブ男子「一宮ってどんな男がタイプなの?」
愛衣「え~、なんだろ。わかんないけど、自分にだけ甘い人がいいな」
モブ男子「は?なんだそれ。見た目は?お前みたいに派手な奴が良いんだろ?」
愛衣「ん?特にない」
モブ男子「じゃあ、音無みたいなタイプでもいいのかよ」
音無(こういうこと言い出すから陽キャは苦手だ)
音無(勝手に俺を巻き込むなよ)
音無が心の中でやれやれと溜息を吐く。
チラりと愛衣が音無を見る。目が合ってドキッとする音無。
愛衣「全然OK!むしろ音無くんなんて最高!音無くんは?あたし、あり?なし?」
おどけて言う愛衣に場の空気が変わる。
音無「一宮さんって変わってるね」
ありともなしとも答えない愛衣。
愛衣「あははっ、失礼な!それを言ったら音無くんも変わり者でしょ~?」
音無「なんで?」
愛衣「あたしみたいなうるさい子ともこうやって気さくにおしゃべりしてくれるし」
音無「それ、俺の台詞でしょ」
音無(常に無気力なくせに、一宮さんとにいると気持ちが明るくなる)
音無(もっと一緒にいたい)(もっとしゃべりたい)(もっと一宮さんを知りたい)
悠馬「愛衣、ちょっと来て」
愛衣「えー、今~?」
悠馬「今」
楽しそうにしゃべる愛衣を遠くの席から呼ぶ悠馬。
愛衣「ごめん、ちょっと行ってくるね」
ニコッと笑って悠馬の元へ向かう愛衣の背中を悔しそうに見つめる音無。
音無(もう無理だ)(この感情を抑えることができない)
そんなことを思っていた矢先、あの告白ドッキリに繋がる。

〇回想終わり
〇音無の部屋
愛衣「そういえば、玄関先にちっちゃい靴あったよね?」
音無「多分、弟の」
愛衣「え、音無くんってそんな小さい弟がいるの?」
床に座って飲み物を飲みながら身の上話をする二人。
音無「うん」
なぜか少し複雑そうな顔をする音無。
愛衣「何歳なの?」
音無「5歳」
愛衣「そっか……」
愛衣(あんまり言いたくないことなのかな……)
そこで言葉を切る愛衣。
なにか訳のありそうな音無をちょっぴり心配する愛衣。

〇愛の家の前
音無「また明日」
愛衣「送ってくれてありがと!バイバイ!」
手を振って家の中に入る愛衣。
愛衣「ハァ……」
頭の中が音無でいっぱいになり、ベッドにダイブする。
愛衣(もしも音無くんと付き合ったら手繋いだりキスしたりするんだよね?)
愛衣(それ以上のことだって……)
近付いてくる音無の顔を思い出す。
愛衣(待って、無理!考えただけで心臓が破裂しそうなんだけど!)
頭の中で妄想を爆発させてバタバタと悶絶する愛衣。
ポケットの中のスマホが鳴る。
愛衣「悠馬……?」
画面に悠馬の名前が表示される。

〇近くの公園・ベンチに座る制服姿の二人。
悠馬「今日は悪かった。さすがに言い過ぎた」
愛衣「いいよ~。わざわざ謝んなくて。なんかイライラすることあったんでしょ?」
ポンポンッと悠馬の肩を叩いて励ます愛衣。
愛衣「最近、悠馬ちょっと変だよ。なんかあったの?」
愛衣「あたしでよければ話聞くよ」
悠馬「……本当に聞いてくれんの?」
愛衣「もちろん!」
わずかな間の後、真剣な表情で愛を見つめる悠馬。
喉がごくりとなる。
悠馬「俺、お前が好きなんだ」
愛衣「……え?」
悠馬の告白に驚く愛衣。