愛衣「音無くんの元カノ?」
元カノ「そう。中学の時付き合ってたの」
愛衣「へ、へぇ。そうなんだ」
元カノ「もしかして、私たちが付き合ってたの聞いてない?」
愛衣「うん、特には」
元カノ「綾斗ってばなんで言わなかったんだろ……」
元カノ「あたし、綾斗の初めての彼女なんだ」
自慢っぽく言う元カノ。
挑発されてることに気付かない愛衣。
愛衣(じゃあ、音無くんにとってあたしって二人目の彼女ってこと?)
愛衣(あ、でも初めての彼女がこの子って言うだけで他にも付き合ってた子いるのかな)
愛衣(ありえなくはないかな。音無くんって女の子の扱い上手いし)
愛衣(え、でも待って。こんな可愛い子のあとの彼女があたしって、ありなのか?)
あれこれ考えを巡らせてる愛衣を見て元カノがちょっと意地悪に笑う。
元カノ「一宮さんと綾斗って意外な組み合わせだよね」
愛衣「どこが?」
元カノ「一宮さんって派手で明るいグループにいるけど、綾斗は落ち着いてるし控えめでしょ?やっぱり一宮さんの方から告白したの?」
音無との関係を聞きたがる元カノに愛衣はにっこり微笑む。
愛衣「えー、それは秘密~!」
言いながらベッドから足を下ろして上履きを履く。
愛衣「もうすっかり良くなったから戻るね!お先!」
にこやかに笑って元カノを残して保健室から出る愛衣。
その背中を唇を噛みしめて悔しそうに見つめる元カノ。
保健室を出て「ハァ」と溜息を吐く愛衣。
愛衣(この気持ちなんだろ。胸がズキズキ痛む……)

〇教室・授業中・数学

ぼんやりした表情で授業を受ける愛衣。
保健室でした元カノとのやり取りが思い浮かぶ。
愛衣(なんかモヤモヤする)(『綾斗って優しいでしょ?』多分原因は元カノのあの言葉だ)
愛衣(二人はどのぐらい付き合ったんだろ……)(あの子はきっと、あたしの知らない音無くんをいっぱい知ってるんだろうな)
愛衣「ハァ……」
盛大に溜息を吐いた瞬間、「じゃあ、授業中にでかいため息ついた一宮。答えろ」と先生に当てられる。
愛衣「えっ、嘘。やだ、どうしよ」
全然話を聞いていなかった愛衣はオロオロ。
隣の席の音無がボソッと「x=2,4」と助け船を出してピンチを切り抜ける。
愛衣「ありがと」
小声でお礼を言う愛衣。
音無「ぼんやりしてるけど、なにかあった?」
愛衣「ううん、なんでもない」
慌てて取り繕う愛衣。
元気がなさそうな愛衣に気付いて心配そうな表情の音無。

〇教室・放課後
愛衣「早く音無くん来ないかなぁ」
誰もいない教室。机に座り音無の委員会が終わるのを待つ愛衣。
〇回想・HR後
愛衣『音無くん、今日一緒に帰ろう!』
愛衣が音無を誘う。
音無『俺も一緒に帰りたい。委員会あるから少し待っててもらえる?』
愛衣『分かった!待ってるね』
笑顔で答える愛衣。
〇回想終わり
窓の外のグラウンドのほうからサッカー部の声がする。
立ち上がって窓際まで歩み寄った時、ガラガラと教室の扉が開いて悠馬が顔を覗かせる。
愛衣「あれ?悠馬どしたの?」
悠馬「机ん中にスマホ忘れた」
愛衣「あらら~」
悠馬「一人で何してんだよ」
愛衣「音無くん委員会に出てて。終わったら一緒に帰ろうと思って待ってるの」
机の中からスマホを取り出そうとする悠馬の手がピタリと止まる。
グッと奥歯を噛みしめて感情を呑み込む悠馬。
悠馬が窓際に立つ愛衣のそばに歩み寄る。窓から吹き込むカーテンが揺れて愛衣の髪を揺らす。
愛衣「あ~、もう。せっかく整えた前髪が崩れちゃう」
ポケットから取り出した小さな手鏡で前髪を治す愛衣。
細い首筋に透き通るようにきめ細やかで綺麗な肌。
可愛らしい愛衣の横顔をうっとりするように見つめる悠馬。
愛衣はそんな悠馬に全く気付かない。
悠馬「お前、音無とうまくやってんの?」
真剣なまなざしを愛衣に向ける悠馬。
愛衣「うん!だけど……」
困ったように俯く愛衣。
悠馬「なにかあったのか?」
愛衣「なにかっていうか……」
悠馬「なんだよ」
煮え切らない愛衣の態度を不思議そうに見つめる悠馬。
愛衣「――やっぱり元カノの存在って別れた後も気になるものかな?」
悠馬「は?」
愛衣「悠馬は?どう?」
悠馬「そんなの知らねぇよ」
ぶっきら棒に返す悠馬。
愛衣「も~、なんでそういう言い方するかなぁ。やっぱり悠馬に聞くんじゃなかった!」
プンプンと頬を膨らませてグチグチ言う愛衣。
悠馬「今まで誰とも付き合ったことねぇし」※愛衣に聞こえないようにボソッと呟く。
悠馬「つーか、音無って元カノいんのか?」
愛衣「えっ!?なんでわかったの!?」
悠馬「バーカ。お前と何年一緒にいると思ってんだよ。何考えてるかぐらいわかるに決まってんだろ」
呆れたように言う悠馬。
愛衣がちょっと困ったように苦笑いを浮かべながら言う。
愛衣「あたし男の子と付き合うの初めてじゃん?だから、音無くんもそうなのかなーって勝手に思ってて。なんかちょっとショックだったんだよね」
悠馬「でもまだお試し期間なんだろ。嫌なら別れろよ」
愛衣が首を横に振る。
愛衣「別れないよ。そんな軽い気持ちで付き合ったんじゃないもん」
愛衣「それにね、あたし、音無くんのこと好きになりはじめてるんだと思う」
頬を赤らめながら言う愛衣を悠馬が弾かれたように見つめる。
悠馬「……なんだよ、それ」
切なげな悠馬の顔。
愛衣「高校に入学して彼氏つくるのがあたしの夢だったの。だから、今、毎日がすごい楽しいんだよね」
愛衣(音無くんと付き合ってから毎日がキラキラしてる)
悠馬「そんな恋愛ごっこもうやめろよ」
愛衣「恋愛ごっこ?違うよ、あたしは真剣に――」
悠馬「彼氏つくるのが夢だったんだろ?だったら音無じゃなくて、俺でいいじゃん」
愛衣「ちょっと、悠馬。あたしのことからかってるんでしょ!?まったく!その冗談には乗らないんだから!」
悠馬「ちげぇよ、バカ」
悠馬が愛衣の腕を引っ張ってギュっと抱きしめる。
悠馬の腕の中に抱きしめられて呆然とする愛衣。
悠馬「愛衣、俺にしろよ」
愛衣「悠馬……?」
愛衣(どうして……?悠馬の考えてることが全然分かんない)
抱き締められたまま固まる愛衣。すると教室に誰かが入ってきた。
音無「……何してるの?」
怒りのオーラをまとった音無。
愛衣「音無くん!ちょっ、悠馬離して」
愛衣が慌てて離れようとしても、悠馬は腕を離さない。
音無が二人の傍に近付く。
音無「俺の彼女から手、離してよ」
クールな表情は変わらないけど、その声は怒りに満ちている。
愛衣「もう、悠馬ってば!」
愛衣が両手で悠馬の胸を押し返すと悠馬は愛衣の身体を解放する。
悠馬「お試しで付き合うとか、なんなんだよ。マジでバカバカしい」
すかさず音無が愛衣と悠馬の間に割って入る。
冷たく悠馬を見つめる音無。
音無「一宮さん、いこう」
愛衣の手を取って歩き出す音無。
悠馬「待てよ、愛衣!」
悠馬「お前、高校に入って彼氏作りたかったから焦って音無の誘いに乗ったんだろ?なんでそんな軽いんだよ」
咄嗟に言ってハッとする悠馬。
愛衣が立ち止まる。振り返った愛衣の瞳が潤んでいる。
音無「いくら幼馴染でも俺の彼女を侮辱するなら許さない」
自分以上に怒ってくれた音無に胸が熱くなる愛衣。
愛衣「ひどいよ、悠馬」
そのまま音無に手を引かれて教室を出て行く愛衣。
二人を見送った悠馬。
悠馬「っくそ。なんでこうなるんだよ」
自分の不甲斐なさを嘆きおでこに手のひらを当てて盛大な溜息を吐く。

〇外・校門を出る
愛衣(さっきから音無くん全然喋らない)
校門を出たところで愛衣が口を開く。
愛衣「音無くん、あのね――」
音無「今からうちこない?」
愛衣「音無くんの家?」
音無「変な意味じゃなくて、静かなところで話がしたくて」
愛衣はこくりと頷き、音無の家へ向かう。

〇音無の家・部屋の中

綺麗なマンションの音無の部屋のベッドに座る二人。
愛衣「音無くん、さっきのこと本当にごめんね!」
愛衣がパチンっと手のひらを合わせて謝る。
愛衣「悠馬のこと怒らないであげて。悠馬って昔から不器用なところがあって。言葉選びが下手っていうか。よく分からないけど、あたしにイライラしててあんなことを」
音無「イライラしてて一宮さんのこと抱きしめてたってこと?」
愛衣「わかんない。あんなことされたの初めてだったから」
愛衣(音無くんが怒ったのは私が悠馬に抱きしめられてたからだよね?)
愛衣(自分の彼女が他の男の子に抱きしめられてたら嫌だよね……)
愛衣(だけど、あれは悠馬じゃなくてあたしが悪い)
愛衣(あたしが隙をみせたせいだから)
愛衣「でもね、根はいい奴なんだよ?ぶっきら棒で口調は荒いけど意外に優しいし、それに……」
音無「ストップ」
音無が人差し指を愛衣の唇に当てた。
音無「なんで早瀬くんのことそんなに庇うの?」
音無「彼女の口から他の男の話は聞きたくない」
愛衣「あっ、そうだよね」
申し訳なさそうな表情を浮かべた愛衣に気付いて、音無が切なげな表情を浮かべる。
音無「……違う、そんな顔させたいわけじゃないんだ。ごめん、今の俺余裕ない」
うな垂れる音無。
愛衣「音無くん……」
音無「初めてなんだ。こんな気持ちになるの。早瀬くんに抱きしめられてる一宮さん見て、嫉妬した」
愛衣(嫉妬……?)
愛衣(あたしが音無くんの元カノに覚えた感情も嫉妬なのかな……)
なにかを考え込む愛衣に気付いた音無。
音無「一宮さん、まだお試し期間だけど、今は俺の彼女でしょ?なにかあるなら言って?」
愛衣(そうだよね。音無くんだって本音でぶつかってきてくれた)
愛衣(あたしも気持ちを伝えよう)
愛衣「実はあたしもね、今日音無くんと同じ気持ちになったよ」
音無「どういう意味?」
愛衣は保健室での一件を話す。
愛衣「やっぱり全部本当なの?」
音無「……うん。ごめん」
愛衣「いいのいいの!謝らないで。ただあたしが勝手にヤキモチ妬いただけだから」
音無「ヤキモチ?俺に?」
愛衣「そう。元カノはあたしの知らない音無くんを知ってるんだなぁって思ったらなんかモヤモヤしちゃって」
音無「俺、期待してもいい?」
愛衣「え?」
音無「ヤキモチ妬いてくれるってことは俺のこと意識してくれるってことでしょ?」
愛衣「それは、うん。えっ、ていうか……」
音無「うん?」
愛衣「あたし……音無くんのこと好きになってきてる……かも」
顔を真っ赤にして潤んだ瞳で気持ちを告げる愛衣。
愛衣(今日、一日悶々とした気持ちになったのがその証拠だ)
愛衣(音無くんと一緒にいるとドキドキする)
愛衣(胸がきゅって締め付けられて熱くなる)
音無「本当に?」
こくりと頷く愛衣。
音無「でも、まだ確信が持てない感じ?」
愛衣「……うん」
音無「分かった。まだお試し期間はあるし焦んなくていいよ』
愛衣「う、うん!」
音無「でも、もっと意識してもらいたい」
瞬間、音無が男の顔になる。
音無はベッドの上の愛衣の手に自分の手を重ね合わせる。
伏し目がちに近付いてくる音無の顔。
愛衣(き、キスされちゃう!?)
顔を真っ赤にしてドキドキしながらギュッと目を瞑る愛衣。