〇百合寿と壱が住むマンション(月曜日の朝)



「いってきまーす」と言いながら百合寿が玄関で靴を履いていると、壱がノートを持って廊下を走ってきた。



壱「百合寿、これ今日までの提出課題。テーブルの上に置きっぱなしだったぞ」

百合寿「ぁ、いっけない。ありがとう壱くん」



お礼を言いながら百合寿は課題のノートを受け取る。





〇通学路&高校の自転車置き場(朝)



『ゆりす』のキーホルダーがついたリュックを背負い、自転車をこいでいる百合寿。



――学校で王子様と呼ばれモテている桐野前壱くんが地味子な私と一緒に暮らしているなんて、知られたら壱くんに迷惑がかかるから学校のみんなには絶対に内緒……



海斗「綿貫って土曜日、桐野前と一緒にいたよな?」



自転車を駐輪場においている時に自転車でやってきた水泳部の海斗に声をかけられて、サーと百合寿の顔色が青くなる。

動揺しつつも「ミマチガイジャナイ?」とかわそうとする百合寿のリュックを指さす海斗。



海斗「土曜もそのキーホルダーつけてたぞ、レアものなんだろ?」



嘘をつくのが下手な百合寿は、ぐっ、と詰まってしまう。



海斗「付き合ってんの?」



百合寿は手をブンブン振りながら否定した。



百合寿「幼なじみなの、図書館で一緒に勉強しただけ」



祈る時のように両手の指を組んだ百合寿は、海斗に詰め寄って懇願する。



百合寿「他の人には知られたくないから内緒にして、お願い」

海斗「内緒にするのは構わないけど。休日まで幼なじみの世話してるなんて、大変だな綿貫」

百合寿「ち、違うの。私がお世話してるんじゃなくて……、」



『私がお世話されてるの』と言おうとしたけれど、「あれ、おはよー」と水泳部の林堂なずなに声をかけられ言うタイミングを逃してしまった。



なずな「最近よく一緒にいるねぇ。ぁ、もしかして……」



なずなは何かを期待するような表情で、ニヤニヤ笑った。海斗は「もしかしねーよ。さっき偶然会っただけ」と呆れ顔。





○校舎から正門方面か、プールへと続く道の分岐点あたり(放課後)



男子生徒「ふじー、また明日なー。部活がんばれよー」



正門へ向かうクラスメイトに声をかけられ「おー」と片手を上げて答える海斗。



海斗「ぅおっ!?」



突然うしろから誰かに肩を掴まれ、海斗は驚く。



海斗「なんだよ……ッ!」



海斗(んぁ!? 桐野前!?)



うしろを振り返った海斗は、そこに壱がいたためあまりの意外さに驚き目を見開いた。

壱と海斗はクラスメイトだが、必要以上に話をした事はない。

壱は自分のすぐそばにいる女生徒たちへ冷たい視線を向けた。

女生徒の中には、学校で一番美人だと噂の三年生、鈴宮蘭花もいる。



壱「ごめん俺、こいつと約束あるから」

蘭花「えー」

壱「悪いけど先に帰って」



「ざんねーん、またねー」と可愛らしく言いながら蘭花たちが去っていく。

海斗は不服そうな表情をしている。



海斗「なんだよ桐野前。俺、お前と約束なんかしてたっけ」

壱「してない。藤……だよな、同じクラスの。悪かったな迷惑かけて。ちょっと今、急いでてさ」



勝手な事を言う壱に、海斗は少しイラッとした。



海斗(授業中ずっと寝てて、放課後になったら急いでるって何だよ。こいつ部活やってねーし、どーせデートとかだろ)



ハーッ、と少し大袈裟にため息をつく海斗。



海斗「桐野前さぁ……俺に迷惑かけてもいいけど、その代わり綿貫にはあんま迷惑かけんなよ」



ピク、と壱の肩が僅かに揺れた。

壱は怪訝そうな表情をしている。



壱「綿貫にって、なんで?」

海斗「幼なじみなんだろ、綿貫から聞いた。土曜も図書館で一緒に勉強したって」



壱(百合寿から……?)



第4話で「ふたりで出かけているところを誰かに見られたら、なんて言われるか……」と言っていた百合寿の様子を思い出す壱。



壱(俺と関わりがあることを周りには知られたくなさそうだったのに、藤には話してるのか……?)



海斗「綿貫がしっかりしてるからって、頼りすぎんのはどうかと思うぞ。で、なんでそんな急いでんの?」



海斗に質問されて、壱はハッとした。

壱は真剣な表情で海斗に尋ねる。



壱「校ボラ部が今日どこで活動してるか知らない?」

海斗「校ボラ部が今日? って知らないけど、なんで?」

壱「百合寿が三年の手馬って人からテストの過去問借りるために部活終わったらそいつの家の前まで行くってメッセージがさっききて、止めたい。たぶん百合寿は家の前なら安全だって思ってんだよな……」



最後の方は海斗に話すというよりも、ひとりごとのように呟いている壱。



海斗「三年の手馬って、確か……」



思案顔になった海斗。

そんな海斗へ、焦ったような表情の壱が詰め寄る。



壱「知り合い?」

海斗「いや。でも部の先輩から聞いたことある。一見真面目で先生受けはいいけど、女と付き合ってもヤッたらすぐ別れるとか、家につれこもうとするって……。あ、あれ校ボラ部の人じゃね?」



壱と海斗の視線の先には、竹ぼうきを持って歩く女生徒たちがいた。

その女生徒たちのなかに百合寿はいない。



海斗「ぁ、おいッ!」



海斗が止める前に、壱はその女生徒たちの方へ走り出していた。

王子様と呼ばれている壱が近付いてきたため、女生徒たちから歓声が上がる。



壱「キミたち校ボラ部かな? 他の部員はどこにいるか教えて?」

女生徒「ぇ、えっと……正門の所にいると思います……私たちもこれから行くところで……っ」



キャーッ話しかけられちゃった、と女生徒たちは大盛り上がり。

「ありがと」とお礼を言って正門の方へ走り出そうとした壱だったが、話している間に追いついた海斗に、ぐ、と肩を掴まれる。



壱「なに?」



先を急ぎたくて不機嫌そうに尋ねる壱。

それに対して海斗は呆れ顔。

壱に顔を近付け、海斗が小声で話す。



海斗「お前が行ったら目立つだろ、周りから綿貫が変な目で見られるぞ」



百合寿の気持ちを考えて、う……ッとつまる壱。



海斗「俺が行く。綿貫に行くなって言ってくればいいんだろ」



壱はその場で立ったまま動けず、正門の方へ走っていく海斗を見ている事しかできなかった。





○高校の正門周辺



竹ぼうきを手に掃除している百合寿。

『本日の校ボラ部(校内ボランティア部)の活動は、正門周辺の掃き掃除』の文字。



百合寿(金曜日の件、部長に断るのは緊張したけど、すぐに了承してくれてよかった)



「金曜ダメ?うん、わかった」と竹志が爽やかに言う姿が百合寿の頭に浮かんでいる。



百合寿(その代わり今日部長の家の前まで行く事になったけど、過去問もらうだけだから暗くなる前に帰れるし)



そんな風に考えている百合寿のそばに、竹志がやってきた。



竹志「綿貫さん今日はもう終わりにしていいよ。あとの事は副部長にお願いしてきたから」

百合寿「え?」



戸惑う百合寿の手から竹ぼうきを取りあげ正門の端の方へ置く竹志。

竹志は、荷物取りに行こう、と百合寿の腕を掴んで連れていこうとする。

そこへ海斗がやってきて声をかけた。



海斗「ちょっと待ってください」



竹志が不快そうに眉を寄せる。



海斗「そいつどこへ連れていくつもりですか」

竹志「きみには関係ないだろ?」



そう言って、竹志は百合寿の腕をグイとひっぱった。





○再び、校舎から正門方面か、プールへと続く道の分岐点あたり



立ったまま動けないでいる壱の方へ「王子様だ」「声かけちゃう?」と女生徒たちが熱い視線を送っている。



壱(俺が引き止めて百合寿が周りから変な目で見られたら、その時は俺がそいつらから百合寿を守ってやればいいよな)



じりじりと女生徒たちが声をかけようと壱の方へ近付いていく。



壱(やっぱり百合寿の事は俺が守りたい、行こう)



壱は何かを決意したような表情で、正門の方へ向かって走りだした。

声をかけようとした女生徒たちが「ぁ、待ってー」と言いながらその後を追いかけていく。





○再び高校の正門周辺



百合寿と竹志、海斗たちがいる所へ壱が走ってくる。



壱「ゆ……」



壱が百合寿に声をかけようとした瞬間、先に言葉を発した海斗。



海斗「関係あります。綿貫は俺の彼女なんです」



壱が無意識に引き連れてきた女生徒たちなど多くの生徒たちが見守る中で、海斗はハッキリとそう告げた。