〇百合寿と壱が住むマンション(土曜日の朝)
壱が百合寿の髪を三つ編みにしている。この時点では百合寿は眼鏡をかけている。
百合寿「高校に近いけど、ほんとに行くの? ふたりで出かけているところを誰かに見られたら、なんて言われるか……」
壱「俺は何を言われてもいいけど、百合寿が気になるならバレないように化粧して髪型とか少し雰囲気変えてみるか」
百合寿(お化粧なんて初めてだよ~っ)
目を閉じて壱に化粧をしてもらっている百合寿は、ドキドキしている。『コンビニで買ってきたコスメ』の文字。
この時点で百合寿は、壱に毛先をふんわりとセットしてもらい長い髪をおろしている。
マスカラを手に満足そうな表情の壱。
壱「よし、できた。目、開けてみ」
百合寿「うん……」
ゆっくりと百合寿が目を開ける。
普段と違ってキラキラしている百合寿の雰囲気に、目を奪われたように壱は表情が変わり胸がドキッと跳ねた。
ドキッ??と動揺しながらも、「っ、っ、じゃ行くか」と壱は百合寿に声をかける。
百合寿は自分の通学バッグを見て、(ぁ、そうだ。昨日、藤くんにあげたんだった)と気付き部屋の引き出しから海斗に渡したのと同じ『ゆりす』のキーホルダーをだしてリュックにつけた。
百合寿はシンプルなマリンスタイルの服装で、バッグは他に持っていないため通学リュック。
壱はボディバッグをかけシンプルな格好で陰キャな感じに見えるよう少し髪をボサボサにして、だて眼鏡をかけているけれど、イケメンオーラが隠せていない。
それぞれ自転車に乗ろうとしたところで、壱が百合寿に声をかけた。
壱「眼鏡なくて自転車こげそうか?」
百合寿「ゆっくり走れば大丈夫」
眼鏡をかけていない百合寿は素材がいいため、イケメンモテ王子の壱と一緒にいても違和感がない。
百合寿は第3話で「その図書館はダメだ」と言っていた壱を思い出しながら尋ねた。
百合寿「これから行く図書館、壱くんは行った事あるの?」
壱「無いけど、話には聞いたことがある」
自転車を走らせながら会話をする百合寿と壱。
○図書館
机で並んで百合寿と壱が勉強をしている。
壱はイケメンオーラが隠せておらず、チラチラと女性たちから視線を送られていた。
でも今日は、眼鏡をかけていない百合寿へ視線を送る男性もいる。
百合寿は気付いていないが、壱はその男性を睨み牽制していた。
勉強をしながら百合寿は(新しくてきれいだし、広いけど……一般的な図書館だよね……)と考えている。
こそッと小さな声で「この図書館じゃどうしてダメなの?」と壱に聞く百合寿。
「そのうち分かる」と耳元で壱に囁かれ、その近さに百合寿の胸がドキッと跳ねた。
勉強を終え、図書館を出て並んで歩く百合寿と壱。
百合寿(??結局何もわからなかった……)
不思議そうな顔で歩く百合寿。考え事をしているため前から来た人とぶつかりそうなのに気付かない。
ぐ、と壱に肩を抱き寄せられて、再び百合寿の胸がドキンッとときめく。
壱「やっぱ眼鏡ないと見えにくい? 危ないから手つないどくか」
きゅ、と壱が百合寿の手を握る。
ドッドッドッ、と百合寿の心臓が大きな音を立てた。
百合寿(いつの間にか壱くん……手、大きくなってる……)
小四の時、駅で壱に手を握ってもらい泣いたのを思い出す百合寿。
百合寿(あの頃は私の方が大きかったのに……)
手をつなぎながら、大規模な複合施設内を歩く百合寿と壱。
百合寿に「ぁ、ここ寄ってこーぜ」と壱が声をかける。
百合寿「プラネタリウム……?」
看板の文字が大きいため、眼鏡なしの百合寿でも読む事ができた。
百合寿「プラネタリウムなんて小学校の遠足以来だ、懐かしい、行こ!」
百合寿は目を輝かせている。
○プラネタリウム
百合寿がトイレに行っていると、壱はすでにチケットを購入していた。
百合寿「チケット代払うよ」
壱「それじゃあとで飲み物おごって」
飲み物って……っ、と恐縮気味の百合寿の手を握り、「行こ」と言い壱はプラネタリウムへ入っていく。
百合寿「席とか決まってるの? 自由?」
壱「決まってる。こっち」
百合寿「ぇ、ここ……?」
百合寿たちの席は、円形のベッドでふたり寝転んで星空を見上げることができるカップルシートだった。
ふたりで並んでベッドの上に座る。
星空を見るため百合寿は眼鏡をかけた。壱はだて眼鏡を外している。
百合寿(子どもの時に行ったプラネタリウムとはだいぶ違うなぁ……)
壱「どうして今日の図書館がダメか、分かった?」
百合寿「……?」
壱「ここは複合施設だから、図書館の他にも映画館とかカラオケとかあるんだよ」
百合寿は(勉強サボっちゃうって事かな……)と考えながら首を傾げる。
壱「もっと教えないと分からない?」
いまいち答えが分からずヒントが欲しくて頷く百合寿。
壱「わかった、もう少し待って」
少し待っていたが、壱は何も話さない。
百合寿(あ、始まっちゃった……)
壱が何も話さないまま、場内が暗くなる。
すると壱が、ゆっくりと覆い被さるようにして百合寿のことを押し倒した。
百合寿の右耳の横あたりで、手の動きを封じるように指を絡ませて壱の左手が百合寿の右手を握っている。ドキンッと百合寿の胸が音を立てた。
驚いて目を見開く百合寿に、シーッと唇に右手の人差し指をあてるジェスチャーをする壱。
百合寿(そうだプラネタリウムだから、話しちゃいけない)
ドキン、ドキン、ドキンと鳴り続ける音。
ゆっくりと、壱が百合寿の耳に顔を近付けていった。
壱「怖がらせたくないけど、暗い場所での男の怖さは知っておいて」
百合寿の耳元で、壱が囁いた。
壱「声、出さないように気をつけような」
スッとシャツの裾へ壱の右手が差し込まれ、百合寿の肌に手が触れる。
百合寿「ッ……!」
ビクッと百合寿の身体が揺れたので、心配になり壱は百合寿の表情を確認するため顔を上げた。
ふるふると震えながら涙目で壱を見つめる百合寿の姿に、ズギャンッッツ、とハートの矢で壱の心臓が打ち抜かれる。
壱は百合寿のすぐ隣で顔を隠すように突っ伏した。見えている耳は赤い。
壱「これで分かっただろ」
チラッと少しだけ百合寿に視線を向けそう呟くと、壱はゴロンと寝返り距離を置き百合寿に背を向けて寝たフリをする。
百合寿(壱くん寝ちゃった……? そっか、疲れてるよね……それなのにわざわざつきあってくれたんだ)
百合寿「ありがとね、壱くん」
そっと近づいた百合寿が耳元で囁くと、百合寿からは見えないけれど壱の顔が赤くなった。
○プラネタリウムから家までの帰り道
土曜日の部活帰りに自転車で帰宅途中だった水泳部の海斗は、ん?、と何かに気付き自転車を止めた。
通りの向こう側で、自転車に跨っている百合寿と壱が信号待ちをしながら話している。
海斗(眼鏡かけてるけど桐野前だよな……一緒にいるの彼女か? イケメンの彼女はやっぱ可愛いんだな)
いつもと雰囲気が違うため、海斗はまだ百合寿に気付いていない。
その直後、百合寿のリュックについている『ゆりす』のキーホルダーが揺れた。
前日にキーホルダーをくれて「眼鏡をかけてるのはレアものだから」「私、同じのあとふたつ持ってるの」と言っていた百合寿の事を思い出す海斗。
海斗「あのキーホルダー……って、まさか綿貫……?」