〇一年生の教室(授業中)



窓際で一番うしろの席の百合寿が立って英語の教科書をスラスラと読んでいる。隣の席に座っているのは水泳部の海斗。

少し離れた席に座る生徒たちからは(これから習うところなのに)(うわ、今日も完璧)と心の声。



英語教師「はい、綿貫さん素晴らしいですね、それに比べて……」



チラ、と英語の教師が廊下から二列目の一番前の席へ視線を送る。

その席では壱が机に伏せてスヤスヤと眠っていた。



百合寿(壱くん、昨日も家事と勉強した後に仕事もしてたからなぁ……)



百合寿は心配そうに壱の方を見つめている。





〇(モノローグ)



――学校では寝てばかりいる幼なじみの桐野前 壱くん。それは家でほとんど寝ずに勉強・家事・仕事に運動までしているから――



料理や掃除、パソコンに向かって作業をしている壱の絵。

『壱くんパパは大手デザイン制作会社の社長、壱くんもそこの仕事をしている』の文字。

走ったり、腕立て、腹筋をしている壱の絵。『しかも運動不足にならないよう私が寝ている間に鍛えているらしい』の文字。



――風呂トイレ無しの格安アパートに住もうとしていた私を同居させてくれている親切な壱くん――


立派なマンションと壱の絵。キラキラしている。


――少しでも負担を減らしてあげたいけれど、学校で実力以上に頑張っているせいか家だと力尽きてしまう私はなかなか役に立つ事ができない――


力尽きて倒れている百合寿の上で、出来立ての料理や掃除機の絵&キラキラした壱の絵とともに『家事全部してもらっている』の文字。



(モノローグ終了)





○学校のプールから見える場所にある、正門へと続く花壇(ゴミ捨て場とはプールを挟んで反対側)



手に軍手をして黙々と花壇に花の苗を植えている百合寿。

『本日の校ボラ部(校内ボランティア部)の活動、学校の花壇へ花の苗を植える』の文字。



百合寿(花を見た人が喜んでくれるといいなぁ……)



他の生徒と違い真面目に作業している百合寿の姿に、水着を着てプールサイドに立つ海斗が気付く。



海斗(あ、綿貫だ……今日もがんばってるな)



するとキャーッと黄色い歓声が聞こえたので海斗はそちらに目を向ける。

女生徒たちに囲まれて壱が下校するところだった。

この時点では壱の表情は無に近い。

昨日と同じく壱の隣にいるのは学校で一番美人だと噂の三年生、鈴宮蘭花。



海斗(ん……?)



遠くて声は聞こえないけれど、壱が百合寿の横を通りがかった際に声をかけている様子が、海斗のところから見えた。

この時の壱の表情は優しい。(聞こえない会話の内容は「今日は何してるの」「花の苗を植えてるとこ」「そっか、咲くの楽しみだね」)



海斗(へえ、あのふたりって話すんだ)



意外そうな表情をする海斗。



海斗(桐野前が女子に話しかけてるの初めて見たかも)



ボーッと見ている海斗に、同じ水泳部でクラスメイトの林堂なずなが「どうしたの?」と声をかける。

「いや、別に」と言いながら海斗は百合寿たちの方からプールの方へ身体を向けた。





○屋外用具室へと向かう道



園芸用のシャベルが入ったバケツを運ぶ百合寿と校内ボランティア部部長の竹志。



竹志「ごめんね、手伝ってもらっちゃって」

百合寿「いえいえ、このくらいお安い御用です」



用具室内の棚にシャベルを置くふたり。



竹志「そうそう、昨日の話だけど一緒に勉強するの、いつにしようか」



百合寿(ぁ、しまった、手馬部長と一緒に勉強する話、壱くんに言うの忘れてた……)



百合寿「あの、ごめんなさい。いつも一緒に勉強している友達がいるんです」



少しだけ竹志は目を見開く。



竹志(そんな友達いるんだ、意外……)



竹志「一緒に勉強してるっていっても毎日じゃないでしょ。空いてる日でいいよ」



百合寿は少し困っているような表情になる。



百合寿(壱くんとは毎日勉強してるんだよな……)



竹志「また明日相談しよっか」



竹志は昨日クラスメイトに見せた笑みとは違い、爽やかに笑った。





〇ふたり暮らし向けマンション(夜)



――同級生にしっかり者だと思われている私は
学校でエネルギーを使い果たしてしまう――



ダイニングキッチンで椅子に座り箸を咥えながら、うとうとしている百合寿。



壱「百合寿、食べながら寝ると危ない」



手を握りながら顎クイするみたいに百合寿の顎と手へ、箸が喉に刺さらないよう手を添える壱。

その後食器を洗い始めた壱に、眠そうな表情の百合寿が声をかける。



百合寿「んー、壱くん。今日こそは私が後片付けするよ」

壱「いいって。早く風呂入ってきな」



湯船につかり少しだけ頭がハッキリしてきた百合寿は反省していた。



百合寿(今日も壱くんに家のこと全部してもらっちゃった……)



ふぅ、と百合寿は小さくため息をつく。



百合寿(甘えてばかりじゃダメだよね、せめてテスト前の勉強は手馬部長に教えてもらおう……)



テレビの前にあるローテーブルとソファの間、ラグの上に座ってローテーブルに教科書とノートを広げ勉強しているお風呂上がりの百合寿。

壱はそのすぐ後ろでソファに座り、百合寿の勉強をみながらドライヤーをかけてくれている。



壱「百合寿、いま解いた問題、間違ってる」

百合寿「ぇ、あ、ほんとだ」



慌てて百合寿は解き直す。



壱「もうすぐテスト前で部活も休みになるだろ。夕食の前も勉強しような」

百合寿「その事なんだけど、壱くん。私、テスト勉強は他の人と一緒にしようと思ってる」



少し驚いたように壱は目を大きく開いた。



壱「ぇ、誰と」

百合寿「校ボラ部の部長と。先生の出題傾向とか教えてもらえそうだから、壱くんにも後で教えるね」

壱「部長って確か男だったよな、どこで勉強するの?」

百合寿「それはまだ決めてないけど、学校の図書室とかかなぁ」



カチ、とドライヤーを止めた壱は、真剣な表情になる。



壱「図書室ならいいけど。誘われても絶対に男の家へ行ったりするなよ、心配だから」

百合寿「なんか壱くん、お母さんみたいだね」



百合寿はキョトンとした表情をしている。



壱「そこはせめてお兄ちゃんだろ」



壱は苦笑いすると「風呂入ってくる。ちゃんと部屋で寝ろよ」と言いながらドライヤーを手に部屋を出て行った。





ソファで眠る百合寿を見おろしながら「寝相悪いからこのままじゃ絶対に落ちるだろ……」と呟くお風呂上がりで首にタオルをかけている壱。

百合寿の頭を優しく撫でながら「寝てるとこ起こすの、かわいそうだよなぁ……」と呟く。

よ、と壱が寝ている百合寿をお姫様抱っこする。

「壱くん……」と寝言を言った百合寿を見て、ふ、と壱は優しい笑みを浮かべた。

寝ている百合寿の顔を見ながら、ふと「壱くん、お母さんみたい」と言われたのを思い出した壱は、胸がズキ、と痛くなる。

ズキ??と不思議そうに壱は首を傾げた。