〇オープニング、高校の教室
――私、綿貫 百合寿(わたぬき ゆりす)が入学した高校には
無気力な王子様と呼ばれるモテ男子がいる――
廊下から二列目、一番前の席で机に伏せて寝ている男子生徒、横に向けている顔は目を閉じていても美形だと分かる。
その席の周りを囲むようにしている制服のスカートを短めにした少し派手で華のある女生徒たちからは、楽しそうな声。
「桐野前(きりのまえ)の寝顔かわいー」「ほんと寝てても超絶イケメン」「壱(いち)っていっつも寝てるよねー」
その男子生徒、桐野前壱の緩やかなくせのあるアッシュグレーの髪を弄っている女生徒もいる。
そんなクラスカースト上位の輪に近付いていく、校則通り膝下丈のスカートでキッチリ三つ編みをした眼鏡姿の女子高生、綿貫百合寿。
クラスメイトから集めたプリントの束を手にして、寝ている桐野前壱に向かってほぼ無表情で話しかけた。
百合寿「桐野前くん今日までの英語の課題、提出してほしいんだけど」
うっすらと目を開けた壱が、百合寿の顔へぼんやりとした視線を向ける。
壱「ん、ゅ」
百合寿「桐野前くん、英語の課題」
起きたてでまだ寝ぼけていそうな壱の声に、被せるようにして百合寿が壱の名字を呼んだ。
百合寿の表情は、先ほどと違ってほんの少しだけ動揺しているように見える。
壱「あー……綿貫さんごめん、出すの忘れてた。GW(ゴールデンウィーク)の課題だよね」
目を擦りながら話す壱の表情は、眠そうにもかかわらずキラキラ輝いていて百合寿以外の女生徒を無自覚に魅了している。
壱が百合寿へプリントを渡し、百合寿はそれを受け取りながら淡々と告げた。
百合寿「もう少し早く寝た方がいいんじゃないの」
冷たさを感じさせるような表情で告げながら、立ち去る百合寿。
百合寿が少し離れると、壱の周りにいた女生徒たちが会話を再開した。
「委員長って家でもピシッとしてそー」「ほんとほんと、学校の用意とか前の日にキッチリしておくタイプだよね」「絶対そう」
キャハハハッと笑う女生徒たちの声を背中で聞きながら、百合寿は冷めた表情をしている。
百合寿(家でもピシッと、ねぇ)
〇(モノローグ)
――高校から一緒の人は知らない――
――優等生だと思われている私だけど、学校で実力以上に頑張っているせいか一緒に住んでいる幼なじみの前では力尽きてしまう事を――
力尽きて倒れている百合寿の上で、出来立ての料理や掃除機の絵とともに『家事全部してもらっている』の文字。
――小四の時に父が亡くなり、母はパートをかけもちして私を育ててくれたから――
父親の遺影と、お弁当屋の制服姿の母親。
――母に負担をかけたくなくて、家から遠いけど返済不要の奨学金が給付されるこの高校を選んだ私は、進学先が偶然一緒だった幼なじみ『壱くん』と二人暮らしをしている――
バツ印で消されたお風呂とトイレの絵とともに『風呂トイレ無しの激安アパートでひとり暮らし予定だった私』の文字。
「トイレ共同で他の住人は男だけ!?危ないわ、それならうちの子と一緒に住みなさい」と話す幼なじみの美人な母親。『幼なじみとは母親同士が仲の良い友人』の文字。
――支えてくれるみんなのためにも、私は特別枠の推薦をもらって学費不要で附属の大学に進学しなければならないのだ――
立派な大学の建物の絵。『就職に強い大学』の文字。
(モノローグ終了)
〇正門の外、学校の敷地に沿った通り
――特別枠の推薦に一番有利だと有名な部活は、校内ボランティア部――
両手に軍手をつけ、片手はゴミ拾いに便利な形のトング、もう一方の手でゴミ袋を持ってやる気いっぱいの百合寿。
百合寿(やるからには、学校の役に立てるように頑張らないと)
『本日の校ボラ部(校内ボランティア部)の活動は、学校周りのゴミ拾い』の文字。
おしゃべりに夢中で手を抜いている生徒が多い中、百合寿は黙々とゴミを拾っている。
するとキャーッと黄色い歓声が聞こえたので百合寿は顔を上げた。
百合寿(ぁ、あれは……相変わらずモテてるなぁ)
百合寿の視線の先には、可愛い女生徒たちに囲まれて歩く壱の姿。背が高いからすぐに見つけられる。
壱の隣にいるのは学校で一番美人だと噂の三年生、鈴宮蘭花(すずみやらんか)。
「プラネタリウム一緒に行こーよー」「新しくできたとこー」と周りの女生徒たちは笑顔だけれど、壱は「行かない」とつまらなそうな表情。
壱は百合寿に気付き、ふ、と優しい笑みを浮かべて声をかけてきた。百合寿は冒頭シーンと同じように淡々としている。
壱「綿貫さんだ、英語の課題の件ありがとね」
百合寿「数学のプリントは明日までだから、忘れないで」
百合寿(隣にいるの、三年の鈴宮蘭花先輩だ。学校で一番美人だと噂の人……地味な私とは正反対、お似合いなふたりだなぁ)
壱「わかった、忘れないように気をつける」
百合寿「いつもキチンとやってるんだから、提出しないともったいないよ」
百合寿の言葉で少し驚いたように目を見開いた壱だったが、すぐに、ふ、と優しい笑みを浮かべた。
「綿貫さーん」と遠くから校内ボランティア部の人に呼ばれ、「あ、それじゃ、また」と言って壱の前から走り去る百合寿。
正門の内側、下校する生徒たちの邪魔にならない所で集めたゴミの分別をしている校内ボランティア部。
百合寿は三年生の部長、黒髪の手馬竹志(てうまたけし)と一緒に空き缶とペットボトルを集める作業をしている。
竹志「どう綿貫さん、校ボラ部(校内ボランティア部)にはもう慣れた?」
百合寿「ぁ、はい」
竹志「せっかく仲良くなれたのに俺たち三年は来月末で引退なんだよなー。その前のテスト期間中は部活が休みになっちゃうし」
百合寿「テスト……」
ギュッと空き缶を握りしめる百合寿。
百合寿(高校に入学して初めての定期テスト。附属大学の特別推薦枠を勝ち取るためにも、頑張らないと……ッ)
竹志「テスト心配? 俺が勉強教えようか?」
百合寿「手馬部長が私に、ですか?」
竹志「うん、綿貫さんが頭いいのは知ってるけど、毎年同じ内容で問題作る先生がいるから効率的な勉強方法とか教えてあげられるよ」
――入学式の日に入試の成績優秀者として新入生代表挨拶をしたせいか、頭が良いと思われている私。
でも本当はいつも私に勉強を教えてくれる幼なじみが一番だった。壱くんが代表を辞退したから私になっただけ――
百合寿(たまには他の人から勉強を教わった方がいいのかな、幼なじみとはいえ壱くんにいつも教えてもらうのも悪いよね……)
ムムム……と考え込む百合寿。「ねぇ、聞いてる?」と竹志から話しかけられている。
ハッと気付き、「ぁ、はい」と答える百合寿。
竹志「ん、よかった。それじゃ明日の部活の時にでも予定決めよ」
百合寿(ぇ、予定……何の? ぁ、勉強、一緒にする事に決まっちゃった?)
百合寿「ぁの、部長……」
百合寿の声は届いておらず、部長の竹志は「よーし、そろそろ終了~」とみんなに声をかけている。
「ゴミ捨て場までゴミ持っていける人~」の声が聞こえて、責任感の強い百合寿は手をあげながら「私、ゴミ捨て場まで持っていけます」と答えた。
○屋外プール付近
屋外プールのフェンス内側のプールサイドにデッキブラシを持った藤海斗(ふじかいと)がいる。
百合寿のクラスメイトで隣の席の海斗は、赤茶の短髪で水泳部に所属している。今は裾を捲ったジャージ姿でプールの掃除中。
海斗はふと顔を上げた時に、プール近くをゴミ捨て場方面に向かって歩く百合寿の姿に気付く。
海斗(あ、隣の席の……)
百合寿を見つめる海斗に、クラスメイトで水泳部の林堂なずな(りんどうなずな)が「そっち掃除終わったー?」と話しかける。
ショートヘアのなずなに向かって「おー」と返事をする海斗。
○三年生の教室
男子生徒が二人いる教室に、竹志が入っていく。
教室にいるのは竹志も含めて三人だけ。
男子生徒1「ボラ部終わんのおせーよ。合コンに遅れそうじゃねぇか」
竹志「悪かったよ、ほら行こうぜ。可愛い子、来るんだろ?」
もうひとりの生徒が何かに気付いたように、竹志に向かって疑問を投げかける。
男子生徒2「あれ? でもタケって、ボラ部の一年に狙ってる子いるんじゃなかったっけ」
竹志「ああ、とりあえずキープしてる。今度一緒に勉強する約束した」
男子生徒1「勉強するなら家に誘ってみろよ。すぐヤれんじゃん?」
その言葉を聞いて片方だけ口角を上げ、ニヤリと竹志が笑った。その表情は、校内ボランティア部で見せる好青年の顔とは違う。
竹志「そのつもり。男と付き合うどころか会話さえほとんどした事なさそうな子でさ、チョロそうなんだよなぁ」
「羨ましー」「その日タケの家に行こ―ぜ」「まずは今日の合コンだろ」と言いながら三人は教室を出て行く。
○百合寿の通学路&幼なじみと一緒に住んでいるマンション
自転車に乗って下校中の百合寿。
百合寿(もし手馬先輩と学校以外で会うとなったら緊張しちゃうな……だって私、高校に入ってから……)
自転車の目立つところに、百合の花を持ったリスのキャラクター『ゆりす』のステッカーが貼ってある。
また、百合寿が背負っているリュックには、百合の花を持ったリスのキャラクター『ゆりす』が眼鏡をかけているバージョンのキーホルダーがついていた。
オートロックでセキュリティのしっかりとしたマンションに入っていく百合寿。
ただいまー、と言いながら百合寿は部屋の扉を開けた。
すると黒いエプロンをつけた桐野前壱がキッチンでフライ返しを手にしている。
壱「おかえり百合寿。今ちょうどハンバーグ焼けたとこ」
(学校以外では男の子と会話なんて、幼なじみの壱くんとしかしてない)
「味見する?」と壱が百合寿へ向ける笑顔は、蕩けそうなほど甘い。
二人掛けのダイニングテーブルで夕食を食べながら「今日、学校でも『ゆりす』って名前で呼びそうになってたよ」「ぇ、いつ?」「英語の課題を私に渡す時」「ぁーごめん、寝ぼけてたかも」と会話している百合寿と壱。