あたしのかわいいかわいい親友が、たった今、(あこが)れの先輩に告白をしようとしている。
 いつも弱気であがり症な彼女(かのじょ)が、勇気を振り(しぼ)って()み出した、記念すべき第一歩である。
 彼女の名前は、(わたり)きあら。黒いボブヘアのローツイン、とろんとしたお目々と(まゆ)がとってもかわいい。
 そんな彼女が、気になる男子をベタなラブレターで呼び出して、いざ告白!
 ……でもきあらは、二年のイケメンな先輩(せんぱい)を目の前にして、あがってしまっていた。手や全身が(ふる)えて、一歩も前に進めない。
 顔真っ赤に()めながら、なんとか頑張(がんば)って口を開いた。
「あ……あの……あの……わたし……、あっ……あっ……あのぉ……」
 おおっ! きあらが頑張ってる。いいぞぉ、その調子だっ!
「あっ、あなたの……ことがぁ……」
 あと一歩っ!
「…………」
 ゴクリっ……。

「ごめんなさああああい!! やっぱりなんでもないですぅぅぅぅ!!」

 そう(さけ)んで、全速力で走り去った。
 あと一歩……。
 あたしはズッコケるように落胆(らくたん)した。
 そんなあたしのもとに駆けつけて来て、ぎゅっと抱きしめた。
「つつじちゃーん! 無理だった……無理だったよぉー!」
「あと一言だったじゃん!」
「だ……だってぇ……」
 まったく、この子は……。前に進む勇気はあんまりないが、逃げる勇気ならめっちゃある。
 しかし、こんなにかわいい子に抱きつかれるなんて最高だ。


 ♡ ♡ ♡


 放課後、あたしときあらは、きあらの行きつけだという喫茶(きっさ)店に寄った。
 店の名前は『喫茶おこころ』。やさしいネーミング通りのやさしい雰囲気の店内だった。
 きあらが(この)むのも納得がいく。
 そして……。
「いらっしゃい」
 店で(はたら)く店員さん、きあらが告白しようとして呼び出したイケメンくんだった。
「ご注文がお決まりでしたら、お呼びください」
「あ……しょうがココアとマシュマロで」
「かしこまりました」
 きあらの注文に、イケメン店員くんはにっこり笑顔で(こた)えた。
 あたしは、店のメニュー表を開いて戸惑った。この喫茶はどうやら、薬膳(やくぜん)とやらのお店らしい。
 なんとか体質の人にはこのメニューがオススメ的なことが書かれていて、薬膳という言葉ぐらいしか知らないあたしは、何もわからない。
「しょうがココアとマシュマロ、お持ちしました」
「あ……ありがとうございます」
 まあとりあえず、直感で食べたいやつを頼んだ。
「かしこまりました」
 あたしの注文にも、彼は満面の笑みで応えた。
 なんだろう、この人……。なんだか気になる。
「守屋さん、素敵だよねぇ」
 彼の名札には、守屋英(もりやえい)と書かれていた。
「まあ確かに顔キレイだし、愛想もいいし」
 でもなんか、鼻につく。
「うん。自分に自信があって、堂々としてて。わたしとは大(ちが)いだから、憧れる……」
 なるほど分かった。きあらが彼を好きな理由も、あたしのあいつが鼻につく理由もだ。
 間違いなくあいつはキザだ。

 
 ♡ ♡ ♡


 翌日の昼休み。きあらはまた守屋先輩を呼び出して、告白をする。あたしはまた物陰から彼女を見守る。
 きあらはやってきた先輩の方を向き、キリッとした表情で先輩の顔を見た。
「やあ、わたりさん。今日は何のよう?」
「き、昨日はすみませんでした」
「ああ、いいよ。気にしないで」
 あら。なんかイイカンジに話せてる。この調子でいけば、「好き」ってすんなり告白できるかも。
「そっ、そ……それでぇ……」
 お。本題に入ったか。
「わっ、わたし……あのぉ……あっ、あなっ……先輩のこと、……ス……ぅ……」
 ……ゴクリ。

「うきです! うきあってくだあい!」

 うき……か。なんだそれ。
 まあ分かるよ。テンパったあまり、つい子音のSが抜けちゃったんでしょ?
 それでも、通じないわけじゃない。先輩がバカじゃなけりゃ……。
「うき? 何それ」
 先輩は首をかしげて言った。
 バカだったよ!
「う」以外の言葉を聞けば分かるでしょうが。この状況を(かんが)みて、きあらの言いたいこととか(さっ)せるでしょ!
 さてさて「好き」と言えず「うき」と言ってしまい、さらにそれが空振りに終わってしまったきあらはというと――。
 顔を真っ赤に染めて、震えていた。
「ごっ! ごめんなさい!」
 バッ、ときあらは地面にひれ伏せた。土下座だ。
「わたしは、とんだ大馬鹿(ばか)者です!!」
 そして叫んだ。……あの子、何やってんだろう。先輩も驚いていた。
「成績は大して優秀(ゆうしゅう)じゃない、運動だって大してできないし、自分で率先(そっせん)して動くことも、リーダーになることだってできない」
 そんな暗いこと言ったら、印象マイナスで振られちゃうよ……。
「あんまり人と関わるのも苦手で、人が多く集まるのも苦手で……そのくせ、ひとりぼっちになるのも嫌で、唯一(ゆいいつ)気の許せる親友にくっつきまくりだしぃ……。()げ句、今一番言いたいたった二文字さえ言えない!
 わたしはダメ人間ですぅ……!」
 ……もうダメだ。おしまいだよ。先輩は多分、なんてネガティブなヤツだって冷めただろう。
 何よりあんな惨めなきあら、もう見てらんない。
「こんなわたしでも……あっ、あなたのことが……」

「うきです! ……あ」

 またしても「うき」と言ってしまったきあらを、あたしは即刻(そっこく)回収した。
「……またうきって言っちゃった」
 きあらはぺたんと座り込んで、しょんぼりした様子で言った。
「なんでネガティブのオンパレードを吐露(とろ)したよ」
 あたしは(あき)れて言った。
「身を粉にして言ったほうが伝わるかなって」
「伝わりすぎて引くよ」
「うぅ……ダメだったぁ」
 しょんぼりするきあらに、あたしは言った。
「じゃあもう、あきらめたら?」
「ううん、あきらめない。わたしはなんとしても守屋先輩に……好きって言ってみせる!」
 すごい根気だな……それほどあの先輩のことが好きなのか……。

「守屋先輩!」
 きあらは先輩に向かって叫んだ。
「わたしはー……! 先輩のことがー……日本一! いや、世界一! いや、宇宙一!」
 
「あ、ごめん」

「え?」

「そろそろ五限目が始まるから、戻らなきゃ」
「あ……」

 なんてタイミングだ……。
「待ってるから。君の言いたいことが、ちゃんと言えるまで」
 先輩はそう言い残して、去っていった。
 ……てことは、まだまだチャンスはあるってことか。
 先輩は、きあらを振らないってこと?
 イマイチ腹の読めない人だ……。

 放課後、あたしは一人であの先輩のところに行った。
 モヤモヤしっぱなしは気持ち悪いから。
 先輩に腹を()って話してもらおう。

「守屋先輩、ちょっと来てください」

 あたしは先輩を呼び出し、校内の(いこ)いの場的なスペースのベンチに座った。
「どうしたの?」
 と尋ねる先輩を、わたしは(にら)んだ。
「どうしてきあらをたぶらかすんですか?」
 どうしてきあらの告白をのらりくらり交わして、結論を出さないんですか?
 きあらが気に食わないなら、とっとと振って終わらせればいいのに。
 先輩は口を開いた。
「まず、先に言っておきたいんだけど、―― ボクが一番好きな人はボクだ」
「……は?」
 急に何言ってんだ、こいつ。
「……そんなことを言うと、いや、言わなくても、そんな振る舞いをしているだけで、ヤバいヤツだって引かれちゃう」
「はい。あたしも引いてます」
 ズバッと言うと、先輩の顔はさらに苦い顔をした。
 なるほど。だからこの人は顔がいいクセにモテないんだ。こいつに黄色い声援(せいえん)を送る女子なんて一人もいない。
「……そんなに悪いことかな? 自分を好きになるのって。ボクは素敵なことだと思うんだ。自分を嫌いになる人生よりも、好きになって、自分をどんどん(みが)いていく人生のほうがうんと楽しいと思うんだ」
 それはまぁ、そうなんだろうけど……。でも、あり得ない。
 ただの痛いナルシストだ。どうしてきあらは、こんな男に執着しつづけるんだろう。
「でも彼女は――渡さんは、そんなボクを好きになってくれて、どれだけ緊張(きんちょう)して上手く行かなくても、何度も挑みつづけて、ちゃんと言おうとしてくれている」
 だからさ。と、先輩はニコッと笑った。
「渡さんがちゃんと〝好き〟って言ってくれるまで待とうと思ったんだ」
 そうか。わざとやってたんだ。とんだ策士(さくし)だ。
 ……でも、きあらとは合いそう。な気がする。
 
「守屋先輩!」

 そこへきあらがやってきた。
 まさか、あたしたちの会話……()いてたの?
 先輩はきあらに真摯(しんし)に向き合った。
「わっ……わたしは……先輩のことが……好きです」
 言えた! あたしは目を丸くして驚いた。きあらの告白はまだ続く――。
「わたしとは違う……先輩は、いつでも自分に自信があって、いつでもキラキラ輝いていて、前向きで、……すごく尊敬しています!」
 不器用ながらに、自分の気持ちをまっすぐ伝えている。
「それで……先輩が『喫茶おこころ』で働いているところを見たり、それを思い出していたりすると気分が上がって、……わたしも頑張ろうって思えて。先輩と……お付き合いができたら、もっと嬉しいことが増えて、やる気が出るのかなって。
 だから、先輩。わたしと、すきあっ……あっ、つ、付き合ってくださいっ!」
 最後、グダっちゃったけど、なんとか言い切ることができた。がんばった、きあら。
「いいよ。よろしくね、きあらちゃん!」
 うわあ! 決まったよ! 今ここで新たなカップルが爆誕(ばくたん)したっ!!
 きあらは驚いて、呆然としていた。
「よく頑張りましたっ!」
 先輩はそう言って、きあらのあたまを優しく()でた。
 自然と顔を下に向けたきあらは、バッと床に座り込んで、顔を隠すように両手をほっぺに添えた。その顔は赤くなっていた。見ているこっちも赤くなってくる。
 そんなきあらに追い打ちをかけるように、先輩も腰を落として言った。
「それから、ありがとう。ボクを好きになってくれて」