「大学病院の薬剤部に就職することにしたの」

 晴れやかな表情で笑美は言った。

「それからね」

 ふふふっと笑った。

「そのあとは診療所の薬局で働こうと思うの。大学の薬剤部ではじっくりと患者さんに接することができないでしょう。だから1年間は大学で実習をするけど、患者さんと向き合える診療所へ移ることに決めたの」

 歩きながら話していた笑美がふいに立ち止まって、こちらに顔を向けた。

「患者さんの気持ちがわかる薬剤師になって、どんな薬が必要とされているのか、それをアメリカで研究をするあなたに伝えてあげたいって思って……」

 そこで、どうしてか彼女の声が震えた。

「本当はね、わたしもアメリカへ行きたかったの。あなたと一緒にアメリカで生活したかったの。なんとか実現できないかなって、色々考えたの。でもね……」

 涙声になった。

「わたし待っているから……、アメリカから帰ってくるのを待っているから……」

 胸に顔を預けてきた。
 そして、そのままの状態で話し始めた。
 その時初めてジュリアードの件を知った。
 彼女に大きな葛藤があったことを知った。
 考え抜いた末に自分の中でけりをつけたことを知った。
 何も言えなかった。
 ただ背中に手を置くことしかできなかった。

 空を見上げた。
 満月だった。
 月が霞んで見えた。
 月が波間に揺れるように見え始めた。
 目を開けているのはもう限界だった。
 目を瞑ると、言葉にできないほどの愛おしさが込み上げてきた。
 彼女の耳に口づけて、耳元で囁いた。
 それは初めて結ばれた時に言った言葉だった。

「必ず世界一幸せにするから」

 その瞬間、彼女に強く抱き締められた。
 自分も強く抱き締め返した。
 すると、震えるような声が首の付け根あたりから伝わってきた。

「待っているから」

 言い終わると同時にまた強く抱き締められた。