最上極 

 大学院に進学した途端、実験に追われまくった。
 そしてそれは毎日深夜まで続いた。
 泊まり込む日も少なくなかった。
 研究室のソファで毛布にくるまって仮眠を取っては実験を続けた。
 新しい薬を探すための基礎研究に携わっているのだが、細胞を培養するための培地づくりや薬効成分の反応、動物実験でのデータ取得など、担当する業務は多岐に渡っており、24時間ではとても足りないという状態だった。

 毎晩、実験が一段落してソファに横になると、笑美のことが思い浮かんで寂しいような悲しいような気分になった。
 アメリカ留学の計画を伝えた時は快く受け入れてくれてほっとしたが、その後しばらくしてから彼女の元気が無くなったのだ。
 何か悩んでいるような感じを受けたので心配になって訊いてみたが、「なんでもない」という返事が返ってくるばかりだった。
 そのうち自分も忙しくなり、時間の余裕がない状態が続いているので、こちらから連絡することはほとんどできなくなった。
 気になりながらも睡魔に勝てずに眠ってしまう自分が情けなかった。

 その夜もいつものようにソファに横になってうとうと(・・・・)していたが、電話の音に気づいて手を伸ばした。
 受話器を取ったが、呼び出し音は鳴り続けた。
 その音はどんどん大きくなっていった。
 何がなんだかわからなくなって受話器を戻したが、呼び出し音は止まらなかった。
 どうなっているんだ! 
 と叫んで両手で電話を持ち上げて床に投げつけようとした時、ハッと目が覚めた。
 寝ぼけ眼であたりを見回すと、机の上にある電話が鳴っていた。
 夜間警備室からだった。
「お客様です」と。
 お客様? 誰だ、こんな時間に。
 時計の針は10時を指していた。
 水道の水で顔を洗って手櫛で髪を撫でつけて警備室へ向かった。