「長崎に行ってくれ」

 会社の指示に驚いた。
 まさか最初から地方へ行くとは思っていなかったので、すぐに返事ができなかった。
 しかし、そんな動揺を感じ取ってもらえるわけもなく、話はどんどん進んでいった。

 長崎を拠点にして、佐賀、熊本を担当するのだという。
 ラジオ局への紹介とレコード店への営業が主な業務だと言われた。
 前任者が退職してしばらく経っているので引継ぎはないとも言われた。

 手荷物一つとギターを持って長崎行きの飛行機に乗った。
 ケースに入ったギターは、スチュワーデスが預かってくれた。
 笑顔の素敵な女性乗務員だったので、この先の不安が少し薄れた。
 
 長崎市内に借りた2DKのアパートが新居だった。
 和室の6畳が寝室兼居間、洋室の6畳が事務所兼倉庫。
 そう、長崎に事務所はないのだ。
 アパートが事務所代わりなのだ。
 プロモーション用のレコードや販促物はアパートに送られてくるのだ。

 机の上に電話機を2台設置した。
 会社から公私を分けるようにと言われていたからだ。
 しかし、両方同じ型の黒電話なので見分けがつかなかった。
 そこで、プライベート用の受話器を樹脂用ペンキで白く塗りつぶした。
 ちょっと変かなとも思ったが、ダイヤルの番号表示が白色なので、意外とマッチしている事に気がついた。
 すると、結構カッコよく見え出した。
 世界で唯一の白黒電話かもしれないと思うと、突然命名したくなった。
『スナッチフォン』と名づけて一人悦に入った。