これは受験だと思った。
 目の前のピアニストに認められなければ次はないと思った。
 だから持てる限りの情熱をぶつけてピアノを弾いた。
 持てるテクニックをすべて出してピアノを弾いた。

 弾き終わると、拍手が返ってきた。
 素晴らしいと褒めてくれた。
 嬉しかった。
 予期せぬ反応に嬉しさを隠すことができなかった。
 しかし、それも束の間、厳しい現実を突き付けられた。
 確実に合格するためには更なるレベルアップが必要だとも言われたのだ。
 そのためには受験前に1年間アメリカで一流のレッスンプロについて練習したほうがいいとアドバイスされた。
 合格できるかどうかギリギリのレベルだというのだ。
 それを聞いて、目の前に高い壁が立ちはだかったように感じた。
 呆然としていると、更に追い打ちをかけるような言葉が襲ってきた。

「ご両親の負担は相当なものになるわよ」

 大丈夫? という感じで経済的な負担の心配を口にした。
 その金額は驚くべきものだった。
 学費と寮費、それに食費を合わせると年間に1万ドル以上が必要だという。
 ドル/円レートは約300円だから、換算すると300万円を超えることになる。
 それが大変な金額だということを数字を用いてわかりやすく説明してくれた。
 給与所得者の平均年収が200万円なので、その1.5倍に相当する金額だという。
 その上、もし2年間の修士課程を経て博士課程に進むコースを選択した場合、必要な金額は1,000万円を遥かに超えることになるという。
 それを聞いて思わず絶句した。
 1,000万円なんて、とても親に言える金額ではなかった。
 夢が急速に萎んでいった。