ビフォー&アフター 

 エレガントミュージック社の応接室を出た3人の表情は完全に萎れていた。
 轟と会うまではレコードデビューのことしか考えていなかった。
 契約書にサインするためのカッコいいボールペンを新たに買って持ってきたし、印鑑まで持参していた。
 しかし、予想外の展開に言葉を失くした。
 あれほど胸が高鳴っていたのに、今は心臓が動きを止めているのではないかと思うほど存在感を無くしていた。
 今後のことを相談するために駅前の喫茶店に入った。
 
「どうする?」

 タッキーがベスに視線を向けた。

「まさかね……」

 ベスがキーボーを見た。

「前座の話だとは思わなかったよな~」

 キーボーがうな垂れた。

「でも、プロへの扉が開いたことは間違いないよね」

 タッキーが鼓舞しようとした。

「それはそうだけど……」

 ベスの声が沈んだ。

「ドサ回りだからな~」

 キーボーがため息をついた。

「じゃあ、やめるか?」

 タッキーが語気を強めた。

「それはちょっと……」

 ベスが戸惑ったような声を出した。

「親に相談してみようか」

 キーボーが頼りなげに言った。

「そんなことしても意味ないだろ。反対されるに決まってんだから」

 タッキーが気色ばんだ。

「確かに。オフクロに泣かれるのは目に見えてるしな」

 ベスが何度も首を横に振った。

「まあな。自分を何様だと思っているんだ! 世間はそんなに甘いもんじゃない! いい加減に目を覚ませ! とかなんとか言われそうだよな」

 キーボーが両手を広げて肩をすくめた。

「当然だよ。留年したと思ったら今度は音楽で飯を食いたいだと? 何を考えているんだ! って雷を落とされるのがオチに決まってる」

 タッキーが顔をしかめてブルブルッと顔を振った。

「家出するしかないか……」

 キーボーがため息交じりに呟いた。

「母さん、泣くだろうな~」

 ベスの顔が曇った。

「参ったな~」 

 それまで強気だったタッキーが頭を抱え込んだ。

「やっぱり断るしかないよな~」

 キーボーが力なく呟いた。

「ドサ回りだからな~」

 タッキーが肩を落とした。

「やっぱり無理だよな~」

 ベスが諦め顔になった。