トイレから出た母親がもう一度訝しげな目でこっちを見てリビングに戻ると、いきなりクシャミが出た。
 それに押されたわけではないが、左手で受話器を持ち上げた。
 右手でダイヤルを回すと、すぐに電話が繋がってお母さんが出た。
 キーボーがいる地下の部屋に電話を回してくれた。

 彼の声が聞こえると、何故か懐かしく感じた。
「どうも……」と言ったあと続かなかったが、彼はすぐに本題に入り、
 部室に置いてあったカセットテープを聴いたこと、とても良かったこと、それはタッキーやベスも同じだということを伝えてくれた。  

「ありがとう」と言われた時は、ちょっとジーンとした。
 でも、また「どうも」としか言えなかった。
 すると「明日の午後は空いているか」と訊かれたので、
「大丈夫です」と答えると、
「ギターを持って部室に来て欲しい」と頼まれた。
「わかりました」と言って電話を切ろうとしたが思い止まった。
 自分が先に切るわけにはいかなかった。
 キーボーが電話を切るのを待った。
 
 電話が切れた。
 プープーという音が聞こえてきた。
 しかし、受話器を戻すことはできなかった。
 手に持ったまま、プープーという音を聞き続けた。
 その音は「セーフ、セーフ」と言っているように聞こえたからだ。
 だからしばらくそのままでいた。
 すると、またクシャミが出て、大きな「ハックション」が玄関に鳴り響いた。
 鼻をすすると、3人の顔が次々に浮かんできた。
 でも、その顔は別れた時の険しい顔ではなかった。
 ほっとして受話器を戻した。