須尚正 

 難しい選択に直面していたのは最上だけではなかった。
 プロになろうと誘われていたが、それが正解だとはとても思えず、返事を保留したままメンバーに内緒で就職活動を始めていたのだ。

 都内にあるレコード会社すべての入社試験を受けるつもりでいた。
 しかし、現実は厳しかった。
 残酷なまでに厳しかった。
 なんでこんな目に合わなきゃいけないんだと、恨み節が口を衝いた。
 厳しい環境を作り出したモンスターを心底恨んだ。
 
 そのモンスターは『オイルショック』という名で呼ばれていた。
 それは第四次中東戦争がきっかけだった。
 ペルシャ湾岸の産油国が原油価格を大幅に引き上げたため世界は大混乱に陥り、経済を直撃した。
 原油価格の上昇は製品価格の上昇につながり、悪循環が重なった結果、狂乱物価と言われるほどになった。
 庶民は日用品の確保に走り、それが品切れを引き起こした。
 大混乱の中で日本経済は疲弊し、企業は防衛一辺倒になった。
 コストカットがすべてに優先され、人件費も例外ではなかった。
 当然のように新卒採用は多くの企業で中止された。
 中止しなかった企業でも、その採用人数は大幅に絞り込まれた。