約束の時間の5分前に着くと、窓側から離れた奥の席に座る須尚が右手を上げた。
 頷いて対面に座ると、
「どうかしたか」
 とちょっと心配そうな目を向けられた。

「うん」

 否定はしなかった。
 しかし、どう話せばいいか、まだ頭の中でまとまっていなかった。

「なに?」

「うん」

 そこでウエイトレスが注文を取りに来た。
 コーヒーを頼んで水を飲むと、
「どうしたんだよ」とさっきよりも強く見つめられた。

「実は、」

 大学院に行くことを決めているが、アメリカに行くか日本で進学するかで悩んでいると正直に伝えた。

「修士?」

「いや、博士」

「ということは……」

「5年」

「5年か~、ちょっと長いな」

「うん、結構長い」

「だよな~」

 そこでコーヒーが運ばれてきたので途切れたが、一口飲んだ須尚が核心に触れてきた。

「問題は笑美ちゃんだな」

「うん、そうなんだ」

「それ考えるとアメリカはちょっとな~」

「うん。でもね、」

「簡単に諦めるわけにはいかない」

「そう。薬学や医薬品開発はアメリカが世界のトップを走っているし、有望な新薬が次々に生まれている。今後のことを考えると最先端の研究現場を経験しておきたいんだ」

「なるほどね」

「うん。だから、簡単には決められない」

「そうか~」

 そこで振り出しに戻ってしまった。
 相反する2つのことを同時に満たすためには分身でもいない限り不可能なのだ。

「笑美ちゃんか最先端か、う~ん」

 自らのことのように唸った須尚だったが、
 いきなり何かが閃いたように目を大きく見開いた。

「日本で修士を取ってアメリカで博士って、できないの」

「あっ」

 瓢箪(ひょうたん)から駒だった。
 いや、青天の霹靂(へきれき)と言ってもいいかもしれなかった。
 正に〈目から鱗が落ちる〉というのはこのことだった。
 アメリカか日本かの2択しか考えていなかったが、もう1つ選択肢があった。

「気づかなかった……」

 首を揺らすと、須尚はホッとしたような笑みを見せたが、釘を刺すのを忘れなかった。

「笑美ちゃんにきちんと話せよ」

 おでこを突くように右手の人差し指を向けた。