難聴救済ミュージックエイドの運営委員会が立ち上がった。
 その理事長には最上笑美さんが就任した。
 薬の専門家であり、病気のことを良く理解している人物ということで彼女に白羽の矢が立ったのだ。

 彼女は二つ返事で承諾したようだ。
 夫が開発に関わり執念を傾けた難聴治療薬NMEと骨伝導補聴器、超小型診断機器を世の中の役に立てるためだったらなんでもやりたいと言ったらしい。
 そのため、彼女は診療所の薬局長というやりがいのある職を辞して理事長に専念することになった。
 そして、副理事長には妻の美麗が就任した。
 笑美理事長のたっての依頼だった。

「美麗さんは外国語大学の出身で、英語はもとより、フランス語、スペイン語、ポルトガル語が堪能でしょう。貧しい国の人達の多くがそれらの言語圏に居ることを考えると、どうしてもお力を貸していただきたいの」

 妻にそれを伝えた時、
「笑美さんがわたしを……」
 と口を手で覆った。

「この齢になって、世界の難聴患者さんを救うお手伝いができるなんて。それも、あなたや麗華と一緒にできるなんて、なんて幸せなんでしょう」

 感極まった妻の肩を左手で優しく抱くと、震えるような声が耳に届いた。

「あなたと長崎で出会って、大阪へ行って、東京に来て、アメリカでも住居を持って、そして、今度は世界……。大学時代夢見ていたことが、外国語を勉強することで何かのお役に立ちたいと夢見たことが叶うなんて……」

 肩に置いた左手を妻の右手が覆った。
 その瞬間、なんとも表現できないような喜びが温もりとなって伝わってきた。
 それは世界で一番美しく麗しい温もりだった。