最上極 
 
「長い間、待たせたな」

 須尚に向かって頭を下げた。

「いや、とんでもない。嬉しいよ」

 耳鳴りで苦しんでいることを片時も忘れなかったその気持ちに感謝すると言ってくれた。
 その上、大きな成果に胸が熱くなったとも言ってくれた。
 
 難聴治療薬NMEは日米欧で承認され、多くの難聴患者に福音をもたらせていた。
 ただ、その適応症は難聴に限られ、須尚のような〈難聴を併発していない耳鳴り〉の患者には使えなかった。
 しかし、第三相臨床試験の解析を行った結果、難聴だけでなく耳鳴りにも効果があることがわかり、その結果を基に、難聴を併発していない耳鳴り患者への第二相臨床試験を始めることになったのだ。
 
「日本でも治験協力者の募集を始める。スナッチには是非とも応募してもらいたい。難聴用よりは少ない用量での治験を実施するから効果が発現するのにかなりの時間がかかるかも知れないが、それでも応募してもらいたい」

 須尚は、もちろん参加する、という意思表示を大きな頷きで返してくれた。

 それを見て、長い間胸につかえていた大きな塊がすとんと落ちたような、ほっとしたような感じになった。
 そして、礼を言わずにはいられなくなった。

「スナッチのお陰だよ」

 頭の中には、新薬開発がうまくいかなくて落ち込んでいる時に彼が励ましてくれた言葉が蘇っていた。
『お前らしくない』『自分の名前を信じろ。〈最も上を極める〉というお前の名前を』
 と彼がかけてくれた言葉によってどれだけ救われたことか。

「あの時は感謝という言葉では言い表せないほど心に沁みたよ」

 言った途端、グッと熱いものが込み上げてきたが、
「照れるようなことを言うなよ」
 と言って須尚が顔を背けてくれたので助かった。

 それからあとは沈黙が2人を包み込んだ。
 しかしそれは温かな沈黙のように思えた。

 少しして、須尚の視線が戻ってきた。

「今度はこっちが助けてもらう番だな」

「やっとな」

 照れ笑いを返したが、彼はぎこちなく頷いたと思ったら、
「ありがとう。いつも気にかけてくれて」
 と神妙な声を発した。

 それを聞いてまたぐっと胸に来そうになったが、それを悟られないように須尚の肩を突いた。

「照れるようなことを言うなよ」

 須尚と同じ言い方で返した。