「しようがない。それで手を打ってやるか」

 恩を着せるような上から目線の発言だった。

 その瞬間、むかついた。

 なんだその言い草は。
 人が下手に出ているのをいいことに調子に乗るんじゃない。
 バカにするのもいい加減にしろ!

 今度こそケツをまくるしかないと意を決した時だった。
 またしても轟の顔が思い浮かんだ。
 彼女は、『ケツをまくったらあなたの負けよ』と言っていた。
『我慢が勝者よ』とも『名を捨てて実を取れ』とも言っていた。
『馬鹿に付ける薬はない』という声も聞こえた。

 なるほどね。

 胸の中の怒りは急速に萎んでいった。
 こんな奴を相手に喧嘩するのが馬鹿々々しくなった。

「ご理解賜りましてありがとうございます。ではこの案で取締役会に諮らせていただきます。御会におかれましても理事会に諮っていただきますよう、よろしくお願い申し上げます」

 丁寧に頭を下げて立ち上がり、理事長室のドアを開けた。
 そして振り返ってもう一度丁寧に頭を下げ、静かにドアを閉めた。
 その瞬間、心の中で「くそ狐狸(こり)ジジイ!」と叫んで、頭の中で奴を裸絞めにして失神させた。