1か月後、複数のバンドのオーディションを終えてデスクに戻ってきた時、交換から外線の電話を告げられた。
 知った名前だった。
 繋ぐように交換手に告げて声を待った。

「ご無沙汰しております」

 受話器から慇懃無礼(いんぎんぶれい)な声が聞こえてきた。
 日本洋楽振興会の理事長だった。

 なんの用だ? 

 思わず身構えた。

「お忙しいと思いますので早速本題に入らせていただきますが、よろしいでしょうか」

 気持ちが悪いくらい丁寧な口調だった。

「FM局の出資の件ですが、理事会で検討した結果、前向きに進めることになりました」

 は~? 
 今頃何言ってるの?

「つきましては、ご都合のよろしい時にお目にかかりたいのですが、いかがでしょうか」

 何勝手なこと言ってるの?

「わたしといたしましては、××日と△△日にしていただければありがたいのですが」

 さっきご都合のいい日って言ったんじゃないの? 
 なのに、自分の都合を押しつけてくるなんて、何考えてるの?

「今決めていただけるとありがたいのですが」

 バカヤロー! と声に出してガチャンと電話を切りたかったが、業界の代表者と縁を切るわけにもいかないので、怒りをぐっと飲みこんで冷静を装った声を出した。

「予定が立て込んでおりますので今すぐに決めることはできませんが、検討させていただいて明日にでもご連絡いたします」

「そうですか……」

 相手は不満そうな声を漏らしたが、
「では、失礼いたします」と構わず通話を終わらせた。

 しかし気持ちが収まらなかったので、
 再度持ち上げてプープーという音を確認してから、
「クソバカ野郎!」と大きな声を出して、
 今度は受話器を叩きつけた。