「反対の方は挙手願います」

 須尚は2人を食い入るように見つめた。
 しかし、手は上がらなかった。

 ん? 
 どういうことだ? 
 賛成でも反対でもない?

 訝っていると、そのうちの一人が唇を舐めた。
 それを発言の合図にするように。

「前回はただやりたいというだけの計画に思えたので反対しました。しかもその分析は甘いように感じたので強固に反対しました。しかし、今回は失敗した時のリカバリー案も併記されていたので、前回抱いた危惧はかなり薄れました。だから反対の挙手はしませんでした。ただ、音楽制作会社がFM局を経営するということの違和感はどうしても消えません。餅は餅屋と言いますが、門外漢が責任感だけで手を出すのは止めた方がいいという思いを変えることができません。ですので、賛成の挙手もできないのです。よって、議長に一任ということにさせていただければと思います」

 すると間髪容れず法務担当の取締役が問いただした。

「それは棄権されるということですか?」 

「いえ違います。そんなことは致しません。わたしが申し上げているのは議長の判断に一任したいということです」

 それを受けて法務担当取締役が会社法並びに当社の取締役会規程について諭すように説明を始めた。

「念のために申し上げます。先ず棄権についてですが、会社法ではそのようなことは定められてはおらず、よって、当社の取締役会規程にも記載はしておりません。また、案件に対して明確な意思表示がなされないということは、取締役の善管(ぜんかん)注意義務に違反する可能性もありますので、十分にご留意いただきたいと思います。次に議長一任についてですが、賛成反対が同数の場合は議長一任ということもあり得ますが、最初から議長一任を表明されることは認められておりませんので、この点もご留意いただきたいと思います」

「わかりました。議長一任という発言は撤回させていただきます。その上で、賛否を表明するに当たって、もう少し色々なご意見を窺って判断の参考にさせていただきたいと思います。皆様のお考えを聞かせていただけますでしょうか」

 すると出席者全員が顔を見合わせた。
 しかし、挙手する者は誰もいなかった。
 沈黙と気まずい雰囲気が続く中、参加者の視線は自然と轟に集まった。