あっという間に1か月が経って、取締役会当日を迎えた。
 何度もシミュレーションを繰り返したので計画の中身には自信を持っていたが、強固に反対した2人がそんなに簡単にOKを出すはずはないと気を引き締めた。

 轟が開会を告げたあと、営業部門担当の取締役から先月の売上報告があった。
 邦楽部門は前年比プラスマイナスゼロ、洋楽部門は小幅のマイナスだった。
 次に、業界全体の販売状況が報告された。
 邦楽、洋楽共にマイナスだったが、洋楽の落ち込みは予想を超えていた。
 二桁という大幅なマイナスだったのだ。

 須尚はその深刻な状況を味方につけて、二度目の提案をするための口火を切った。

「今お聞きになった通り、業界全体の洋楽の売上は惨憺たる状態になっています。まるで底なし沼に入り込んだようです。このまま何も手を打たなければ洋楽というジャンルは消滅してしまうかもしれません。それでいいのでしょうか?」

 会議室全体を見回した。
 それからあの2人の目を覗き込むように時間をかけて見つめた。

「我が社の洋楽部門はなんとか小幅のマイナスで踏み止まっていますが、それもいつまで続けることができるか」

 営業担当の取締役に視線を向けた。
 その視線を追いかけるように取締役全員の視線がその彼に集まった。
 彼は無言で何度も頭を振った。
 そして、まったく先が見通せないというように目を伏せた。
 その瞬間、取締役全員の顔から色が消えたような気がした。

「洋楽は我が社の大きな柱です。創業以来我が社を支えてきた大黒柱です」

 皆にそれを思い出させるように言葉を切った。
 多くの人が頷くのを見て話を続けた。

「大事な宝である洋楽部門は我が社の命です。魂です。このまま衰退していくのを指をくわえて見ているわけにはいきません」

 取締役全員が即座に頷いた。
 あの2人も例外ではなかった。

「計画がうまくいけば今回の投資は5年で回収できます。しかし、もしうまくいかなかった場合でも、これからお示しする売却案によってその損害額を最小にすることが可能です。しかも、その時の状況に応じた三つの売却案を準備しておりますので、我が社にとって最適な判断を下すことが可能だと思っております。もちろん、進捗状況は毎月の取締役会で詳細に報告することをお約束します。本日ご議論を頂いた上で、ご承認を賜れば幸いです。よろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げてプレゼンを始めた。
 会議室に響く須尚の声以外は咳払い一つ起こらなかった。
 誰の目もスクリーンに釘づけになっているようだった。