最上には世界の聴覚障害患者を救うためにしなければならない課題が残されていた。
 臨床現場で有毛細胞の毛の再生を確認するための卓上型小型診断機器の開発だった。
 大きな病院ではなくかかりつけの耳鼻科医がいる診療所などで使用できる診断機器がないとNMEの普及が望めないからだ。
 それに加えて、貧しい国の難民キャンプなどを巡回しながら診察する医師が持ち運べる更に小型の診断機器も必要だった。

 その開発を音野と冶金に依頼した。
 世界初となる診断機器の開発に二の足を踏むのではなかと危惧したが、2人は既にその研究開発に着手していると言って最上を驚かせた。
 彼らが秘かに研究していた技術開発が最終段階にあると言うのだ。
 それは、内耳の蝸牛(かぎゅう)の状態を調べることができる特殊な超音波診断機器の開発だった。

「有毛細胞の毛の再生薬を普及させるためには、それを確認するための安価で小型の診断機器が必要であると思っていました。骨伝導補聴器の開発が成功したあと、わたしたちはすぐに診断機器の開発を始めたのです」

 予想外の成りゆきに飛び上がらんばかりになったが、音野の声は冷静だった。

「喜ぶのはまだ早すぎます。卓上型小型診断機器の開発の目処はほぼついていますが、持ち運べるようにするためには、更に大幅なサイズダウンが必要になります。しかも、乱暴に扱っても壊れない堅牢(けんろう)さも求められるのです」

 ハードルはかなり高そうだった。

「ですので、超小型にするためには、その最先端の技術を持った企業との共同研究が必要になります」

 今その企業を探しているという。

 現状を正確に理解した最上は、落ち着きを取り戻して2人に礼を述べた。

「卓上型の目処がついているだけでも朗報です。大学病院、基幹病院だけでなく診療所で使えることができるようになれば、より多くの患者さんにNMEを届けることができます。それはとても意味のあることだと思います」

 そして、可能な限りどんなことでも協力すると伝えた。

「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いです。必ず完成させてみせますので、もうしばらく時間をください」

 音野の言葉に冶金が頷いた。
 それはとても力強い頷きだった。