しばらく歓談したあと、ニタスが一枚の紙をテーブルに置いた。
 すると、にこやかに浮かべていた笑みは消え、課題解決を追求する研究者の顔になった。

「ご存知かもしれませんが、聴覚障害で苦しむ患者さんはとても多いのです。WHOでは、2050年の世界の聴覚障害者数が4億7,000万人から9億人に達する可能性があると推計しています。そして、治療コストを含めた経済的な損失は年間80兆円に達するとの試算も発表しています」

 木暮戸が信じられないというような表情になったのを見て最上が言葉を継いだ。

「ですので、わたしたちの挑戦は正にこれからなのです。先進国だけでなく、十分な治療を受けられない貧しい国々の患者さんをどうやって救うか、わたしたちは知恵を絞らなければなりません」

 ニタスが大きく頷いて話を引き取った。

「ただでさえ仕事が少ない貧しい国で、聴覚障害というハンディキャップを負った人が仕事を得るチャンスはほとんどないでしょう。その状態をなんとかしたいのです。この薬で得た利益の一部を貧しい国の患者さんに役立てるための仕組みを作り上げたいのです」

 するとすぐさま木暮戸は真顔に戻って揺るぎない声を発した。

「音楽を通じた活動でお役に立てるかもしれません。是非、わたしも参加させて下さい」