しばらくすると心拍数が落ち着いてきたので、もう一度檻に近づいた。
 エミは動き回りながら、床に鼻を近づけて無心に匂いを嗅いでいた。
 それをじっと観察して、エミが背中を向けるのを待った。
 
 向きが変わった。
 顔が見えなくなった。

 今だ! 

 もう一度声をかけた。

「エミちゃん」

 すると、エミは動きを止め、耳をぴんと立てて声がした方に顔を向けた。
 そして、こちらに近づいてきた。

 反応している……、

 間違いなくエミが反応していた。
 自分の声に反応していた。

 もしかして、

 慌てて実験室を飛び出し、私服に着替えて、スマホを手にした。

 連絡しなければ!

 しかし、手が震えてスマホをうまく扱えなかった。

 落ち着け。
 落ち着くんだ!

 震える手を叱りつけて、なんとか目当てのアイコンをクリックした。

 8回の呼び出し音のあと声が聞こえたので、震える手を押さえて声を絞り出した。

「すぐ来てください」

 そう言った瞬間、スマホを落としてしまった。

「もしもし……」

 床に落ちたスマホから聞こえるニタス博士の声に反応ができず、ぶるぶると震え続けた。