「悔しいですよね」

 音野の声が最上を現実に戻した。

「こんなに素晴らしい研究が日本で無視されているなんて信じられない」

 何度も首を横に振った音野は、忌々しいという口調で言葉を継いだ。

「学会の重鎮たちを一掃しないと日本の未来はないんですよ。それに文科省の役人も何もわかっていない。偉いさんたちはみんな邪魔ばっかりしているだけでなんの役にも立っていないんだ」

 鬱積した不満が爆発したような口調だった。
 冶金も同調するように大きく頷いたのでもっと厳しいことを口にすると思ったが、
「でもね」と一転して静かな声になった。
 無理矢理落ち着かせようとしている感じだった。

「そんなことを言ってても何も始まらないと思うんですよ。彼らがどうであれ、やれることをやるしかないんだと思うんですよ」

 そうですよね、というような目で冶金を見た。
 彼女は真っすぐに音野を見つめていた。

「やりましょうよ、僕たちだけでも」

 強い想いがこもった声を発して彼女に一歩近づいた。そ
 の顔は真剣そのものだった。

「冶金さんの研究成果を弊社で使わせてください。冶金さんが開発したこの新セラミックスがあれば、自分が開発中の骨伝導補聴器の機能が大幅に向上し、日本の、いや、世界中の難聴患者に福音(ふくいん)をもたらすことが可能なんです」

 そして、最上と共に骨伝導補聴器と有毛細胞の毛の再生薬によるトータル・ソリューションに取り組んでいることを熱心に説明した。

「日本人の発想が、日本人の研究が、世界の難聴患者のQOL向上に資するのです」

 強く言い切った音野に向かって冶金が右手を差し出した。
 長く待ち望んだ言葉に心を動かされたようだった。
 その手を音野が握ると、最上はたまらなくなって2人の手を両手で包み込んだ。
 その瞬間、ピュアな想いが融合して無限大になったような気がした。
 それが大きなエネルギーとなって未来を動かそうとするのを感じた最上は更に強く2 人の手を握り締めた。