「元気そうだな」
 
 最上のマンションを訪ねて玄関に入った途端、彼が肩を掴んで手荒く揉んだ。

「まあまあだ」

 取り敢えずそう返した。

「まあ入れよ」

 リビングに通された。
 彼の性格通り、部屋はキチンと片付いていた。

 淹れてくれたコーヒーを一口飲んでから、スマホで撮ったREIZのレコーディング風景を彼に見せた。

「麗華ちゃんのレコーディングか」

 子供のいない彼だったが、自分の娘を見るように目を細めて画面を見つめた。

「一段と綺麗になったな」

「ん。もう一人前の大人だ」

「寂しいか?」

「ちょっとな」

 スマホをポケットにしまって話題を変えた。

「うまくいってるか?」

 彼は眉間に皺を寄せた。
 そして、質問に答える代わりに「耳鳴りの具合はどうだ?」と訊き返してきた。

「可もなく不可もなく。日によって良くなったり悪くなったり」

「そうか……」

 彼は目を伏せて、あとの言葉を飲み込んだ。

「新薬の開発、難しいのか?」

「ああ、まったくダメだ」

 彼は目を瞑ったまま右手の親指と人差し指で目頭を揉んだ。

「耳鳴りの特効薬……」

 末尾を消した彼は済まなそうに頭を下げた。
 それはまるで苦悩という重しが乗っかっているように見えて、返す言葉を失った。
 こんなに意気消沈している最上を見たことはかつて一度もなかったからだ。

 あの最上が……、

 戸惑いを覚えた。
 しかし、それを振り払って敢えて強い声を出した。

「お前らしくないな」

 すると一瞬こちらを見た最上は、首を小さく横に振って視線を外した。
 そして、自嘲気味に笑った。

「俺らしく、か……」

「そうだ、お前らしくだ。自分の名前を信じろ」

「俺の名前?」

「そうだ。お前の名前だ。最も上を極めるというお前の名前だ」

 すると、最上は立ち上がって、愛妻が収まった写真盾を手に取った。

「最も上を極める、か」

 呟くような声が彼の口から漏れた。