「社長」

 日本人研究員の声で我に返った。
 研究員が指差す先を見ると、スマホが自らの意思で動いているように震えていた。
 マナーモードにしていたので、まったく気がつかなかった。

「あっ」

 慌ててスマホを手に取った。

 電話をかけてきたのは音野社長だった。

「朝早く済みません」

 腕時計は朝の8時半を指していた。

 日本は夜の9時半か……、

 現実感のない頭は音野の声に集中できていなかった。
 B誘導体の厳しい試験結果のことで頭がいっぱいだった。
 高用量の実験結果と同様に、中用量や低用量でも同じ結果が出ていた。
 用量が低くなるにつれて毛の再生時期は遅れて発現するが、その後は高用量と一緒だった。
 毛が太くなり、聞こえすぎてショック死するのだ。
 朝一番でその報告を受けた最上は絶望に襲われた。
 毛が太くならなければ可能性が十分あると考えていたので低用量群に期待していたが、その望みが完全に砕かれてしまったからだ。
 茫然とした状態のままスマホを耳に当てていた。