最上極 

「新たに開発したB誘導体の高用量投与群で有毛細胞の毛の再生が認められました。まだ微細なものですが、間違いなく毛が再生したのです」

 アメリカ人研究員の3か月後報告に、最上は飛び上がって喜んだ。
 日本人研究員たちも抱き合って喜んでいる。
 会議室が歓喜に包まれた。

 しかし、ニタス博士は落ち着いていた。
 最上たちの興奮をよそに、静かに口を開いた。

「毛の再生は認められましたが、それが持続するかどうかを見極めなければなりません。それに安全性の確認も慎重に行わなければならないのです。喜ぶのはまだ早すぎます」

 彼は落ち着きを求めたが、喜びを隠すことができなかった。
 ここまで来るのにどれだけの時間と苦労と眠れない夜を重ねてきたか。
 それがやっと形になろうとしているのだ。
 落ち着いてなんていられるはずがなかった。
 早速、最上製薬の取締役会に報告し、臨床試験開始に備えた投資シミュレーションを始めた。

 そんな最上を横目に、ニタスは慎重に観察を続けていた。
 新規化合物やその誘導体には未知の副作用が出ることをよく知っていたからだ。
「何が起こるかわからない」というのが彼の口癖だった。

 喜びを抑えきれない日本側と慎重な姿勢を崩さないアメリカ側の思いが交差する中、あっという間に3か月が経ち、B誘導体高用量群の投与6か月後の結果が発表された。
 それは、最上にとって更に嬉しい報告だった。
 再生された毛がしっかりしたものになっていたのだ。
 確認が難しいほどの微細なものではなく、期待したレベルに近い太さの毛になったのだ。
 今度こそは大丈夫と確信し、研究員たちと喜びを分かち合った。
 さすがのニタスも今回ばかりは満面の笑みを浮かべていた。
 それは、世界初の難聴治療薬が現実のものになろうとしている証だった。
 最上の興奮は最高潮に達しようとしていた。