それは、よく考えてみれば当然のことかもしれなかった。
 極東医療器への不信感が胸の中で膨らんでいる時に、新たな提携話に耳を傾ける気持ちになるわけがない。
 最上は言い直した。

「一緒に難聴患者を救いませんか?」

 アメリカ製薬と合弁研究所を設立して難聴を適応とした世界初の再生治療薬を開発していること、その薬と骨伝導補聴器を組み合わせれば難聴患者のQOLが大幅に向上する可能性があることを必死になって説明した。

「有毛細胞の毛の再生ですか……」

 思いもよらない言葉だったのだろう、彼は驚き続けていた。
 しかし、一流の研究者らしく、その実現性への疑問をぶつけた。

「そんなことが可能なのですか?」

 最上は自らの仮説を述べた。
 そして、アメリカ製薬の本社もその可能性に賭けていることを伝えた。

「アメリカ製薬が本気で……」

 口を開けたまま目を見開いた彼は瞬きを忘れているようだった。

 最上は将来像を彼に示した。

「現在、薬は製薬会社、医療機器は医療機器会社が別々に開発・販売しています。しかし、これでは個々の最適化しか生まれません。患者さんにとって必要なことは、個別最適ではなく全体最適です」

 その瞬間、彼の表情が変わった。
 全体最適という言葉に強く反応したように見えた。

 最上は畳みかけた。

「最上製薬が薬と医療機器を両方手掛けることによって、難聴治療のトータル・ソリューションを提供できるようになります。音野社長、わたしたちが手を組めば、難聴患者のQOLを大幅に向上させることができるのです。音野社長!」