「仕事が終わって家に帰ってくると浴びるように酒を飲んでいました。半端ないストレスに晒されている仕事から解放されたかったのだと思います。録音に関する仕事はとても緊張を強いられる繊細な仕事ですから。でも、それだけではなく……」

 そこでうつむいた彼を、心配そうに麗華が見つめた。

「悔しかったのだと思います。オヤジが本当にやりたかった仕事はエンジニアではなくミュージシャンだったからです。他人の演奏を録音するのではなく、自分の演奏を録音してもらう立場になりたかったのです」

 その気持ちはよくわかった。
 十分すぎるほどわかった。

「家にいる時はビフォー&アフターのレコードをかけていました。ミュージシャンだった頃の幸せな時を思い出していたのだと思います。レコードジャケットの写真を見ながら、スナッチ、ベス、タッキー、と呟いていました。オヤジにとって最高の思い出なんでしょうね」

 寂しそうな笑みを浮かべた。

「仕事バカで、大酒飲みで、夫としては失格のオヤジでしたが、僕には最高の父親でした。ロック、ジャズ、クラシック、ボサノヴァ、ポップスなど、様々な音楽を聴かせてくれましたし、ピアノ、シンセサイザー、ギターなど色々な楽器の演奏方法を教えてくれました。それに、コンピューターを使った楽器の打ち込み方法も教えてくれました。更に、作曲についても多くのことを教えてくれました。オヤジは……」

「君をミュージシャンにしたかったのだね」

 彼は大きく頷いた。
 そして、いきなりテーブルに両手をつき、額をこすりつけた。

「麗華さんと2人でデビューすることをお許しください。そして、御社からCDを出させて下さい。お力をお貸しください。お願いします」