1974年当時は歌謡曲全盛で、演歌の人気も高く、日本ではまだバンドによるヒット曲は少なかった。
 洋楽はソウル全盛で、これは参考にならなかった。
 やってみるとは言ったものの、すぐに壁にぶち当たった。
 一度も曲を作ったことがないのだから仕方がないと言えばそうなのだが、やっぱり無理でした、とは口が裂けても言いたくなかった。
 言えるはずがなかった。
 考えた末にキーボーに相談することにした。
 
 閑静な住宅地に建つ彼の家はモダンな洋館で、豪邸の多いこの辺りでもひと際目立っていた。
 家の敷地は百坪を優に超えていると思われた。
 家の周りには高い塀が(めぐ)らされている上に、成人男子の背丈よりも高い鉄製の門扉(もんぴ)が訪問者への威圧度を高めていた。
 気後れしながら恐る恐るインターホンを鳴らした。

 彼と母親が出迎えてくれた。
 コーヒーとケーキをご馳走になったあと、彼に案内されて地下に続く階段を下りた。

「オヤジが完全防音の地下室を作ってくれてさ、これなら音が漏れないからって」

 彼の父親は大手建設会社の重役だった。

「広いですね」

「うん、20畳はあるかな」

 その広さに驚いたが、それ以上に興味を惹かれるものがあった。
 キーボードが3台も置かれていたのだ。
 グランドピアノ、エレキピアノ、そして、シンセサイザー。
 加えて、立派なオーディオシステムと、多数のレコードが収められた大きな収納ボックスがあった。

「千枚近くあるかな」

 その中から1枚を取り出した。
 ビージーズのベストアルバムだった。

「彼らのメロディーとハーモニーがいいんだよね」

 プレーヤーにセットして針を落とすと、『マサチューセッツ』の歌声が流れ始めた。

「これなんだよ、これ。俺が求めているのは」

 彼は目を瞑り、ハミングをし始めた。