「やらしてあげようって、美麗、お前は……」

「音楽業界の厳しさを知らないって言うんでしょう」

 その通りだ、と頷いた。

「知らないわ、確かに。でもね、あなたはレコード会社で働いていて、作詞作曲家でありギタリストでもあったわ。そして、わたしはラジオ放送局で働いていた父の娘よ。その2人の子供である麗華が音楽の道に進むのは当然だと思うの」

「そんなことはわかってる。音楽を続けることに反対しているんじゃない。職業としての音楽家になることに反対しているんだ」

 語気を強めると、妻は一瞬強張ったような表情になったが、すぐに柔らかな目になって落ち着いた声を出した。

「あなたが心配する気持ちは痛いほどよくわかるわ。でもね、麗華の気持ちもよくわかるの。だって、わたしはあの子の母親よ。それにね」

 麗華に視線を向けた。

「初めて腕に抱いた時、なんて可愛いのかしら、と涙が止まらないほど嬉しかった。そして、歌を初めて聞いた時、なんて可愛い声なのかしら、とまた涙が止まらなかった。麗華は特別な子だと思った。だから、音楽の才能に溢れた素敵な女性に成長することを願った。願い続けた。そして、そうなるようになんでもした。ピアノはもちろん、歌のレッスンにも通わせた。服装のセンスを磨かせ、美しいものを見る目を育て、英会話を習わせた。人を思いやる心の大切さを教えた。わたしにできることはなんでもした。もちろん、麗華も努力した。他人の何倍も努力した」

 そこで笑みを浮かべて、視線をこちらに戻した。