須尚正 
 
「お父さんの会社からデビューさせて下さい」

 麗華は真剣な眼差しで口説こうとしていた。

「バンド名も決めています」

「いや、ちょっと待て。音楽業界はそんなに甘い世界ではない」

「わかっています」

「わかってない。全然わかってない」

 麗華との会話は平行線をたどり続けた。
 当然だった。
 夢を語る娘と現実の厳しさを知る父親の意見が交わるわけがなかった。

 趣味として音楽をするのは大賛成だった。
 しかし、職業としての音楽は賛成できなかった。
 いや、大反対だった。
 身近にビフォー&アフターの挫折を見てきたし、多くのミュージシャンの悲惨な生活を見てきた。
 娘にそんな苦労をさせるわけにはいかないのだ。
 だから断固として反対した。
 しかし、余りに強固に反対したせいか、耐えられないというふうに麗華がうつむいた。

 その時だった。
「やらしてあげましょうよ」と、それまで黙って聞いていた妻が初めて口を開いた。