「何故あなたがここに……」

 横に腰を下ろした彼の瞳は、まだ驚きを(たた)えていた。

「何故あなたがピアノを……」

 こんなことは信じられない、というように目を見開いた。

 最上は彼の疑問を解くためのキーワードを告げた。

「すべては必然だったのです。あなたに会うための必然」

「必然……」

「運命と言い換えてもいいかも知れません」

「運命……」

 ポトマック河畔の桜、900グラムのTボーンステーキ、ハードロック・クラブ、フィール・ソー・グッド、そして、ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビー、そのすべてが、自分とニタス博士を引き合わせるためのプロセスだったことを説明した。
 そして、耳鳴りで苦しむ親友のことを話した。
 難聴で苦しむ老人たちのことを話した。

「なんとかしたいのです。彼らを救う薬を作りたいのです。そのためにも、博士のお力をお借りしたいのです」

 しかし、戸惑いの声しか返ってこなかった。
 それは当然だった。
 彼の専門領域は発毛であり、耳鳴りや難聴ではないのだ。
 それでも諦めるつもりはなかった。
 発毛剤の開発途中で捨てられた誘導体のことを、特に〈産毛は生えるのに育たない誘導体〉の可能性について必死になって説明した。
 このチャンスを逃してはならない、
 幸運の女神に後ろ髪はない、
 前髪を今掴まなければならない、
 と懸命に訴えた。