転機が訪れたのは大学入学後のサークル勧誘だった。
 ジャズ演奏同好会の勧誘を受けて足を運ぶと、心地良いピアノの音が聞こえてきた。
 『ジャズピアノの詩人』と呼ばれたビル・エヴァンスの有名な曲だった。
 弾いていたのは丸顔のぽっちゃりとした女性で、顔にはまだあどけなさが残っていた。
 ベースとドラムをバックにしたシンプルな演奏だったが、しなやかな指が紡ぐメロディーは心を捉えて離さなかった。

 演奏が終わると同時に拍手をしていた。
 そのくらい素晴らしかった。
 彼女はちょっとはにかんだようになったが、すぐに笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
 すると、サークルの代表が彼女を紹介してくれた。

「『もがみ・えみ』さんです」

 えっ、
 もがみ? 
 同じ名字? 
 もしかして、
 遠い親戚? 
 まさかね……、

 ちょっと驚いたが、
 そんなふりを見せないようにして自らの名前を告げた。

「俺もモガミです」

 告げた途端、
 彼女の目が真ん丸になった。

「わたしは『上に茂る』と書きますが、同じ漢字ですか?」

「いえ、『最も上』と書く最上です」

 すると突然、笑い声が聞こえた。
 見ると、サークルの代表が破顔していた。

「これは面白い。2人がバンドを組んだら〈最も上に茂る〉、つまり、一番人気の大評判のバンドになるぞ」
 そして、
「もう決まりだ。これ、入会届。今書いて出して」と演奏も聞かずに押し付けられた。
 余りにも強引なのでちょっと引いてしまったが、これも何かの縁だと思い直して素直に従った。