それでもバンドは分裂することなく、しかし危うい綱渡り状態でなんとか活動を続けていた。
 そんな中で迎えた大学3年の春、幸運にも第一志望の『澤ノ上ゼミ』に入室することができた。
 日本のマーケティング界で第一人者と言われている澤ノ上教授のゼミであり、あの憧れのプロデューサーが所属したゼミだった。

 ゼミの初日、
 最先端のマーケティング研究から生み出された成果を学べることにワクワクしながら誰も座らない最前列の席で待ち構えていると、ドアが開き、教授が入ってきた。
 その瞬間、背筋がピンと伸びた。
 教授は中央の教壇に資料を置き、ゆっくりと室内を見回した。
 そして短い挨拶のあと、背広の上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて、咳払いを一つした。

 さあ、いよいよ始まる。

 固唾を飲んで教授の第一声を待った。
 アメリカの超一流の学者と共同研究している彼の口から最先端のマーケティング用語が飛び出すものと思ってワクワクしながら待った。
 しかし、耳に届いたのは予想外の言葉だった。

「三方よし!」

 近江商人の経営哲学だという。
 三方とは、『売り手』と『買い手』と『世間』のことだった。

「売り手と買い手が互いに利益を取るのは当たり前。しかし、それだけでは真っ当な商売とは言えない。そのことが世間、つまり社会に貢献してこそ真の商売である」

 教授は違法な事例をいくつか挙げた。

「売り手と買い手だけを利するものは単なる取引である。商売ではない。そのことを頭に叩き込みなさい」

 なるほど、社会に貢献し評価されてこそ真の商売か。

 大事な言葉だと思って、しっかりと受け止めるためにノートに書き写した。
 そして、
 三方よし、
 と心の中で呟いた。