「安易な慰めを言うつもりはないけど、医療業界や製薬業界の技術の進歩は加速度的にスピードを上げている。今まで不可能だと思われていたことが可能になったこともある。諦めるなスナッチ、いつかきっと」

 すると、その続きを遮るように彼が耳から手を離してこっちを真っすぐに見た。

「お前が治療薬を作ってくれるか? 耳鳴りの特効薬を作ってくれるか?」

 すがるような目で見つめられた。

 応えたかった。
 任せておけと言いたかった。
 しかし、それはできなかった。
 解決策は何も持っていないのだ。
 頷くこともできず、視線を落とすしかなかった。
          
 店を出てタクシーを止め、須尚を先に乗せて見送った。
 そしてまた1台止めて乗り込んだ。
 本当はもう1軒行くつもりだった。
 落ち着いたジャズバーで音楽を楽しみながらたわい(・・・)のない話をしようと思っていた。
 しかし、耳鳴りで悩む須尚をジャズバーに誘うことはできなかった。
 彼もそんな気分ではないだろう。
 といって一人で行っても仕方がなかった。
 仕事のことを思い出すに決まっているからだ。
 車窓を流れる華やかなネオンに見送られて家路についた。