定年退職で暇になったそいつは暇つぶしを兼ねて店を頻繁に訪れていた。
 クラシック、ジャズ、ロック、ポップス、J・POP、韓流POP、映画音楽、いろんなコーナーで試聴していたらしい。

 ある日、そいつは〈懐かしのハードロック特集〉というコーナーを見つけた。
 昔よく聴いたロックバンドのベストアルバムが紹介されていたので試聴機のヘッドフォンを装着して再生ボタンを押したところ、爆音に晒されて難聴気味になった。
 単なる悪戯なのか愉快犯なのかわからなかったが、そいつはその犯人を恨んだ。
 恨んで恨んで犯人探しを始めた。
 しかし、何週間経っても、何か月経っても見つけることができなかった。

 すると、なんで自分だけこんな目に合うんだ、という疎外されたような気持ちが強くなっていった。
 そればかりか、耳鳴りと難聴に悩まされる運命を呪うだけでなく、幸せそうに試聴している多くの客を見ると腹立たしくなってきた。
 自分だけ不幸なのはおかしい、皆も不幸になるべきだ、耳鳴りと難聴を経験すべきだ、そんな倒錯した思いが膨らんでいった。
 それだけでなく、実行に舵を切った。
 試聴したあとボリュームを上げたのだ。
 最初は最大ボリュームの半分くらいにして、ヘッドフォンを装着した人の観察を始めた。
 再生ボタンを押した時の驚いた顔、ヘッドフォンを投げ捨てるように外す慌てよう、そのすべてがおかしかった。
 それで悪戯にはまり込んでいったそいつはボリュームを少しずつ上げていき、最後には最大ボリュームにするようになった。