安さが売り物の焼鳥屋に行って、すぐに串の盛り合わせとビールを注文した。
 乾杯すると一気飲みのような感じになり、2杯目を注文するとすぐに盛り合わせが運ばれてきた。
 全員の目が皿に集中すると遠慮合戦のようになったが、「お先」と言ってタッキーがキモを取ると、ベスの手が伸びて皮を、キーボーがつくねを取った。
 残ったのはネギマだったが、これは大好物だったので「残り物に福あり」とほくそ笑んだ。

 しかし和気藹々(わきあいあい)はそこまでだった。
 ジョッキを持ったタッキーが「もっとビシッとしたインパクトのある曲をやりたいな」と不満げな声を出したのだ。
 するとベスが同調した。

「バラードばっかりだと、カッタルイしな」

 しかし、同調しないのが一人いた。
 キーボーだった。

「そんなこと言うなら、お前らが曲作れよ」

 ふて腐れたような表情になると、一転してタッキーとベスが肩をすくめた。
 それは無理だというように顔をしかめた。
 作詞作曲ができるのはキーボーだけなのだ。
 だから彼が作るバラードタイプの曲をタッキーとベスがジャズ風にアレンジして演奏していた。
 そこにハードロック志向の自分が加わって、更にアンバランスが加速した。
 キーボーが歌う甘いバラードに、
 タッキーとベスのジャズ風アレンジ、
 そして自分の速弾き、
 誰もが違和感を覚えていた。

 しかしキーボー以外に曲を作れる人はいないし、しかも本番までの時間は残り少なかった。

「とにかく今は大学祭までに演奏レベルを上げることが大事ですから」

 説得するようにジョッキを上げると苦笑いのような表情を浮かべて3人もジョッキを上げたが、グラスをカチンと合わせることはなかった。
 そのせいか、一気に流し込んでもいつものようなおいしさは感じなかった。
 それは、食道を通り抜けて胃袋に落ちていったものがビールだけではなかったからかもしれなかった。
 タッキーとベスが溜め込んだ不満と、キーボーの不機嫌と、なんとなく感じ始めたバンド分裂の心配が混じっているような気がして仕方がなかった。