気にするなと言われても、気になるのだからどうしようもない。
 医者のアドバイスを受けて耳鳴りを意識しないように心掛けたが、
 それをあざ笑うかのように、キーン、シャー、はいつまでも居座り続けた。
 確かに仕事に熱中している時は忘れていられるので気持ちの持ちようかなと思う時もあるが、
 仕事を離れると、キーン、シャーがピッタリと寄り添って離れなくなるのだ。
 それも、大切なリラックスタイムに顕著なのだ。
 ボリュームを落としてジャズやクラシックを聴きながらミュージシャンの伝記や音楽をテーマとした小説などを読むのが至福の時間なのだが、そういう時に限って出しゃばってくるのだ。
 そして、一度気になり出したらその音がどんどん大きくなっていくように感じるから始末が悪い。

 いい加減にしろ! 
 とどつきたくなるが、目に見えない相手に拳を振り回しても空を切るばかりで虚しさが増すだけだった。
 そうなると必ずあの時の医者の言葉が蘇ってきた。

「一生の付き合いになるとお考え下さい」

 それを思い出すと更に落ち込み、
 憂鬱になって読書をする気が無くなり、
 何をする気も起らなくなった。
 だからベッドに入るしかなかったが、
 耳鳴りはどこまでも追いかけてきて、
 決して解放してくれなかった。
 それどころか暗くて静かな空間では更にのさばってきた。
 彼らの独壇場になるのだ。
 起きている時の何倍もの音量でキーン、シャーが両耳の奥を、
 そして脳の聴覚部位を占領するのだ。
 すると眠れなくなって更に憂鬱になっていく。
 そんな悪循環がずっと続いた。