次の週からドクターショッピングが始まった。
〈耳鳴り治療の名医〉を探して色々な耳鼻科を受診した。
 しかし、どこも大同小異だった。
 どの医者も口を揃えて「対症療法はあるが抜本的治療はない」と言う。
 更に、ある医者の言葉によってどん底に突き落とされた。

「内耳にある聴覚器官の細胞に有毛細胞(ゆうもうさいぼう)という音を感知する細胞があり、そこに細かい毛が生えています。その細かい毛が爆音によって折れたり抜けたりすると、耳鳴りの原因になることがあります。その細かい毛は」

 医者は言いにくそうに言葉を継いだ。

「残念ながら、再生しないのです」

 再生しない、
 再生しない、
 再生しない、

 医者の言葉が頭の中でぐるぐる回った。
 そして、耳鳴り→突発性難聴→音楽が聴けなくなる、という恐ろしすぎる結末が頭に浮かんで、思い切り落ち込んだ。
 多分顔が青ざめていたと思うが、そんな様子を心配したのか、医者が慰めの言葉をかけてきた。

「須尚さんはまだ難聴になっていないことが救いです。高音部の聴力が少し落ちているのでキーンという音が聞こえているようですが、できるだけ気にせず、リラックスしてストレスをためないようにすれば、徐々に気にならなくなるかも知れません。耳鳴りをネガティヴに考えずに、上手に付き合ってください」

 そして、耳鳴りの程度や聴力の変化を観察するために定期的な受診を勧められた。
 そのあとも医者は親身になって言葉をかけてくれたが、それらはすべて耳を素通りしていった。
 その日はどうやって家に帰りついたのか、よく覚えていない。