最上笑美 

「おじいちゃん」

 笑美が男性患者の耳元で呼びかけた。
 彼は耳に手を当て声を聞こうとしたが、「聞こえん」とびっくりするくらいの大声を返してきた。
 仕方がないので、今度はもっと大きな声で呼びかけた。

「おじいちゃん、このお薬は1日3回食後に飲んでね。こっちの薬は食前よ。わかった?」

 彼は頷いたが、すぐに目を逸らせたので心配になった。

 本当にわかっているのかしら? 

 確認が必要だと思って、もう一度耳元で問いかけた。

「どっちが食後で、どっちが食前?」

「1日3回じゃろ。そんなことわかっとる」

 通じていなかった。
 すぐに服薬説明書と薬袋を回収し、2つに分けた。
〈食後用〉と〈食前用〉の2つに。
 そして、〈食後用〉は赤字で、〈食前用〉は青字で、目立つように太いペンで書いて、文字を指差しながら再度説明した。今度は彼も理解してくれた。

 調剤室に戻ると、若い薬剤師が労いの言葉をかけてきた。

「薬局長、ご苦労様でした。耳が聞こえにくい年配の患者さんが増えたので服用方法を説明するのも大変になってきましたね。高齢化が進んでいるから仕方ないですけど」

 その通りだった。
 患者の多くが老人で、難聴を患っている人も少なくなかった。
 だから、彼らとのコミュニケーションは楽ではなかった。

 老人性難聴に効く薬があればいいのに……、

 思わず大きなため息が出た。