1983年当時、薬は1日3回飲むのが当たり前で、そのことに疑問を持つ者は皆無に等しかった。
 それは最上も同じで、そんなことに気を留めたこともなかった。
 それに、新しい薬効を探すのに必死で、既存の薬の改良などまったく眼中になかった。
 もちろん、会社の屋台骨である成人病薬のテコ入れの必要性は感じていたし、競合他社との差別化についても頭を悩ませていたが、具体的なアイディアを得るところまでは至っていなかった。
 そんな中、答えが突然飛び込んできたのだ。笑美の口から。

 画期的な新薬をゼロから生み出すのに比べて既存の薬剤の改良は今まで蓄積した技術やノウハウもあり、開発期間が大幅に短縮できる可能性がある。
 それに1日3回服用の既存薬を改良して1日1回服用にできれば、他社との差別化につながるだけでなく患者のQOLに大きな貢献ができる。
 しかしそんなことは露ほども考えなかった。
 頭の中に改良や改善といった言葉は存在していなかった。
 灯台下暗(とうだいもとくら)し! 
 傍目八目(おかめはちもく)! 
 自分の(まつげ)が見えていなかった。
 
 笑美と別れて研究所へ直行した最上は、アメリカに留学していた時に知り合った研究者に早速連絡を入れた。

「DDSがいいんじゃない」

 電話の向こうで自信たっぷりの声が聞こえた。
 DDSとは、ドラッグ・デリバリー・システムのことで、薬物送達システムと呼ばれる医薬品開発技術の新しい概念だった。
 それは、医薬品の有効性、安全性、信頼性を高めるための設計技術で、それによって吸収を良くしたり、持続性を高めたりすることが期待されていた。