それからしばらくの間、池の周りを無言で歩いていたが、仲の良さそうな老夫婦に刺激されたのか、笑美が指を絡ませてきた。
 柔らかくて温かくて細い指だった。
 それは特別な指であり、かけがえのない指だった。
 その感触に浸って幸せな気分に包まれていると、笑美が患者のことを話し始めた。
 高齢の患者に出されている薬に問題があるという。

「お薬の種類と量が多すぎるの。年を取ったら色々な病気にかかるから仕方ないのかもしれないけど、それにしてもね」

 彼らは内科、耳鼻科、眼科、皮膚科、整形外科、と毎日のように色々な診療科を受診して、飲み切れないほどの薬を処方されているのだという。
 昨日来院した70代後半の女性は、布袋から幾つもの薬袋(やくたい)を出して見せて、「高血圧と糖尿病と鼻炎と白内障と乾燥肌と腰痛と、とにかく私病気のデパートなのよ」と言ったそうだ。
 それで「ちゃんと飲めているの?」と訊くと、「全部飲んだらお腹いっぱいになっちゃうよ」と答えたらしい。

「10種類近い薬を1日3回服用したら誰でもお腹がいっぱいになるわ」

 笑美はゆらゆらと首を振った。

「せめて、1日に1回飲むだけで効くお薬があったらいいのに」

 そう思わない? というような目で見つめられた。