須尚正 

 最上が新薬開発に没頭している頃、転勤の辞令が下りた。
 福岡への異動だった。
 長崎で結果を出した手腕を評価され、九州最大の市場、福岡の立て直しを託されたのだ。

 当時福岡を担当していたのは轟の前任者だった。
 轟が企画部へ異動した時、玉突きのように追い出された男性社員。

 営業部長の話によると、彼はまともにレコード店を訪問していなかった上に、ラジオ放送局へのアプローチに至っては完全にゼロだったようだ。
 福岡に上司がいないことを幸いに、手抜きを続けていたらしい。
 週報に書いていたことも嘘ばっかりだったようだ。
 しかし、嘘の週報がいつまでも通用するわけはなかった。
 売上が目に見えて落ちてきたからだ。
 そのことを問題視した営業部長は福岡の売上と長崎の売上を比べ始めた。
 長崎が急速に売上を伸ばしているのに対して福岡の売上下落は有り得なかった。

 更に信じられないことが起こった。
 市場規模の小さい長崎の売上が福岡を抜いたのだ。
 それを見て、これ以上福岡に置いておくわけにはいかないと決断した部長は前任者に転勤を命じた。
 配送センターへの異動だった。
 自己管理ができない人間は常に上司の目が光る配送センターで働かせるのが一番と考えたからだった。

 しかし、前任者にとっては営業部への異動も配送センターへの異動も突然で心外なものだったに違いなかった。
 だからだろう、辞令が出ると同時にさっさと辞めた。
 そのせいで引継ぎが行われることはなく、長崎の時のようにまたゼロからのスタートになった。
 いや、マイナスからかも知れなかった。

 どんな星の下に生まれているんだ自分は……、

 家財道具を引き払った前任者の自宅兼事務所の中で茫然とするしかなかった。